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  会津 悲劇の地を訪ねて(1)

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 戊辰戦争のときには1か月にわたる激しい攻防戦に耐えた鶴ヶ城。「鶴ヶ城」の名は、優雅に舞う鶴の姿に似ていることから名付けられたという。戊辰戦争後の1874年に取り壊されたが、戦後の1965年に天守閣が復元されている。


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 会津若松で有名なのは、白虎隊の悲劇。今で言えば高校生ぐらいの少年たちがお城の危機に立ち向かい、戦争に出陣した。彼らは奮闘したが、形勢を逆転するには至らず、お城の見える飯盛山へ。鶴ヶ城のほうに上がった火を見て、落城したと思い込み、19人の若い少年が自決した。

 少年が自決した飯盛山は鶴ヶ城から見て北東の方向。城は雨でよく見えなかった。


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 会津は酒どころ。会津若松市内だけで21軒の酒造場があり、酒蔵の見学ができるところもある。当然のことながら試飲もする。濁り酒をサイダーで割ると飲みやすいのは新たな発見だ。

 酒のほかにも山国の会津には独特な料理がある。海の魚は保存の利くように干物にしたり(「棒たら」)、酢につけたり(「にしんの山椒漬」)している。会津の夜は郷土料理と地酒で過ごす。

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