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特定地方交通線の除外規定は40年前の亡霊

 国鉄がJRになるころ、需要の少ないローカル線が分離され、第三セクターになったり、バスに転換されたりしました。それでは、どのような基準で分離されることになったのでしょうか?

 基本的には1977~1979年度の輸送密度が4000人未満の路線が特定地方交通線となり、第三セクターやバスになりましたが、物事には例外があります。一定の条件のどれかに当てはまれば、輸送密度が4000人未満でも存続できたのです。その条件は、(1)ピーク1時間当たりの輸送人員が片方向で1000人以上 (2)並行する道路が存在しない (3)並行道路の不通が積雪などにより1年平均で10日を超える (4)乗客一人当たりの平均乗車距離が30キロを超え、かつ輸送密度が1000人以上 です。この規定に救われたローカル線は51路線もあります。

 それらの特定地方交通線の輸送密度はその後、どうなったのでしょうか? 基準期間のものとそれから約40年後の2015年度のものとを比較することにしましょう。基準期間に比べて増えたのは、たったの4つ。札沼線、江差線、可部線、香椎線のみです。江差線は青函トンネルにつながっていて、五稜郭-木古内間は北海道新幹線が開通するまで特急列車がたくさん走っていました。後の3路線は一部または全部が札幌、広島、福岡の近くにあり、大都市近郊の鉄道ということで利用者が増えました。江差線や可部線については利用者の少ない区間が廃止されたという要素もあります。

 これらを除いた大半は輸送密度が減少しました。先日廃止された三江線、2016年12月に一部が廃止された留萌線のように輸送密度が1/10以下に減ったところもあります。明らかに鉄道として維持できない水準です。また、道路の整備が進み、鉄道に並行する道路が完成したり、雪でも使えるようになったりしました。逆に鉄道のほうが、木次線のように、雪が降ったら春まで運休します。道路は国や地方が除雪してくれますが、鉄道は自前で除雪しないといけないからです。今となっては鉄道のほうが雪に弱いのです。

 分割民営化から30年、鉄道を取り巻く環境も大きく変わりました。正直言って、特定地方交通線の中には鉄道を走らせるほどの需要がない路線もたくさんあります。第三セクターや中小私鉄なら負担を嫌って鉄道の存続を断念せざるを得ない状況です。JRが相手ならそういうお金のことを気にせずに、これまで需要の極めて少ない鉄道でも存続を強く求めてきましたが、JRはここまでよく廃止せずに鉄道を維持してきました。十分に役目を果たしたと言えるでしょう。特定地方交通線の除外規定は40年前の亡霊で、今の需要に合った適切な交通機関を考えていかないといけないでしょう。鉄道が欲しいのなら、地元が適正な負担をするのです。
(参考:乗りものニュース https://trafficnews.jp/post/80195)

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