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分割民営化時に廃止すべきでないローカル線はあったが

 分割民営化のころ、多くの赤字ローカル線が廃止されました。鹿児島線吉塚から分岐して、宇美町の筑前勝田に至る、勝田線もそのひとつです。存廃の判断となる1977~1979年度の輸送密度は840人でした。

 ところがこの勝田線が走っていたところは、過疎地帯ではありません。勝田線が廃止された1985年の国勢調査の数字を見ると、福岡市は約116万人、そのうち博多区は約16万人、志免町は約3.4万人、宇美町は約2.9万人です。その後も沿線は福岡のベッドタウンとして人口が増え、2015年には志免町は約4.5万人、宇美町は約3.8万人にもなっています。

 それでは、どうしてこういうところが廃止されてしまったのでしょうか? もともと勝田線は沿線で産出される石炭の輸送を目的としてつくられた鉄道で、大正時代に私鉄としてつくられました(戦時中に国に買収)。その後、1960年代に沿線の炭鉱が閉山になると貨物の輸送量は減りました。そのころから沿線は福岡のベッドタウンとして開発が進み、人口が増えていきましたが、列車の本数はむしろ減り、1982年11月の時点では1日7往復(休日6往復)しかありませんでした。沿線人口の多さを活かすことができなかったのです。

 実は国鉄にも言い分があります。国鉄は赤字続きで、勝田線を福岡の通勤通学路線として改良するお金を出すことができなかったのです。国鉄時代お金をかけて開業した東北、上越新幹線や東京付近の複々線化は今できていなければぞっとするほどの効果を挙げているのですから、(政治的には難しいでしょうが)ローカル線を廃止して、鉄道がその能力を発揮することのできる幹線や大都市近郊の通勤路線に国費を投入したほうが賢明であったことは明らかです。なお、勝田線沿線の人はどうしていたかと言えば、そこは西鉄のおひざ元ですから、西鉄のバスが走っていて、勝田線がなくても困らなかったそうです。

 このように分割民営化のころに廃止された国鉄線には、なぜ切り離されたのか疑問に思える路線もあります。福岡の近くでは甘木鉄道が第三セクターになってから大増発され、使える路線になりました。幸い第三セクターとして残されたからできたのです。三重県の伊勢鉄道のように、利用者の大半は南紀方面への直通客なのに、実態を無視して切り離されたところもありました。ところが、今廃止されるがある路線は、誰がどうやってもまともに経営できない路線です。地元が赤字覚悟で経営するなら構いませんが、いくらほかの路線で稼いでいるからと言って、JRや大手私鉄に押し付けてよいわけではありません。
(参考:のりものニュース https://trafficnews.jp/post/81028)

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