東海道新幹線でも時速300キロ運転へ

 500系・N700系は、500系がデビューした1997年からすでに山陽新幹線で時速300キロ運転をしていますが、東海道新幹線ではこれまで時速270キロどまりでした。

 しかし、JR東海の葛西会長は19日の講演で、東海道新幹線においても時速300キロ運転を行う考えであることを発表しました。半径2500メートルのきついカーブでも時速280キロで走り、現在最短で2時間25分かかる東京-新大阪間が数分間短縮されるようです。

 ただ、すぐに時速300キロ運転ができるわけではありません。東海道新幹線の車両が車体傾斜システムのあるN700系に統一されたときに時速300キロ運転が行われます。今の置き換えのペースで考えると10年ぐらい先のことでしょうか? スピードアップされる時間はわずかですし、東海道新幹線で時速300キロ運転をしてしばらくするとリニアが名古屋暫定開業するのですが、それでもスピードアップに向けての努力を欠かすことはできませんね。国鉄時代がそうであったように、向上の動きを止めたら終わりなのです。
(参考:asahi.com http://www.asahi.com/national/update/1119/NGY200911190011.html)

| | Comments (0) | TrackBack (1)

ニュートラム延長は堺にとって無駄

 せっかくのLRT計画を捨ててしまった堺市。LRTをつぶすことにより、堺市は図らずも街の中心から路面電車を追い出そうとしています。

 しかし、南海本線堺駅以西の交通をどうするかについては決まっていません。以前、LRTの代わりに地下鉄四つ橋線を引っ張ってくるという構想を示しましたが、それを超えるものが出てきました。なんとニュートラムを堺方面に延長させるというのです。地下鉄四つ橋線を堺方面に延長させる計画の変形として、大阪市に提案しています。ニュートラムのような新交通システムは地下鉄に比べて建設費が安いからです。

 「LRTは無駄」と言って切り捨てた、竹山市長(と堺市民)ですが、ニュートラム延長はもっと無駄です。確かに建設費は地下鉄よりも安いものの、それならLRTで十分です。ニュートラムや地下鉄(第三軌条の場合)は必ず立体交差にしないといけないですが、LRTならその必要はありません。現にかつての計画では、堺駅近辺は高架でつくるものの、それ以外の区間は平面でした。

 堺の場合、堺東-堺-堺浜間にLRTをつくることにより、これまでの弱点であった東西の軸をつくることができ、瀕死の状態にあった阪堺線の再生をも図ることができます。我孫子道の車庫も使えるので、効率が良いです。既存のものもうまく使った良くできた計画です。堺が政令指定都市として一定の地位を築くためには欠かせないものだったでしょう。

 これに対して、ニュートラムの延長は何の意味もありません。たとえWTCに府庁が移転しても、一般の府民が府庁に行く用事はありません。すでにWTCには地下鉄中央線もありますから、ぜいたくを言わなければそう不便ではありません。

 建設費は高いし、輸送力は大したことはない、しかも堺の中心部は空洞化。ニュートラムを延長させても、何の意味もありません。無駄としか言いようがありません。
(参考:YOMIURI ONLINE http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20091118-OYO1T00865.htm)

| | Comments (2) | TrackBack (2)

西宮北口-嵐山間臨時直通列車に乗ってきました(5)

 今年の秋も、京都線以外から嵐山への臨時直通列車が運行されました。今回は休日にも運転されることが大きな特徴です。


 14日(土)に乗ったのは宝塚発今津線経由のもの。門戸厄神10:35発に乗る。先頭だけが混んでいる。早速、通常は朝の準急しか通らない、西宮北口の連絡線を通る。西宮北口の今津線ホームを右に見ながらゆっくりと電車が走る。

 塚口の次は十三。神戸線ホームで梅田に向かう乗客を降ろしたのち、新設(復活?)された十三の折り返し線に入る。ここを使えば、京都線・宝塚線・神戸線に転線することができる。梅田まで行く必要がなくなったので、時間の短縮につながる。真新しい線路にしばらく停まったのち、京都線に向かう。運転士や車掌が反対側に向かって走るようなことはなかったので、あらかじめ2人ずつ乗り込んでいるのだろう。十三の京都線ホームで降り、電車を見送った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

E5系新型車両は新名称で運行、「はやて」は消える

 来年12月に新青森まで延長される東北新幹線。当初は新青森延長の段階で、国内最高の時速320キロを出すことができる新型車両、E5系の投入を開始する予定でした。しかし、開業が3か月早くなったため、E5系の投入が間に合わず、延長してもしばらくの間は、新青森行きも従来のE2系が走り続けます。

 現在の東北新幹線の看板列車は「はやて」。公募で「はやて」が選ばれた段階では、あまりイメージがよくないこともあり(「はやて」には強い風や疫病の意味もあります)、あまり評判が良くなかったです。私も否定的にとらえていました。しかし、「はやて」の持つスピード感が新幹線にマッチしたのか、今では定着したように感じられました。新青森や新函館に延長するときも、「はやて」の名前がそのまま使われると思われていました。

 しかし、2011年3月のE5系の導入時には「はやて」ではなく、別の名称が使われるようです。来年の春に公募を行って決めるようです。新青森まで開業した段階では、新青森行きはすべてがE2系で運転されるため、「はやて」の名前が付きます。しかし、それもしばらくの間。やがて「はやて」は消えてしまいます。記事からは、E5系がデビューした時点でE2系のものも含めて新名称に変わるのか、新青森行きがE5系に完全に置き換わる2013年度末まで車両によって新名称(E5系)と「はやて」(E2系)を使い分けるのか、よくわかりません。いずれにしても、そう遠くない時期に「はやて」の名が消えることになります。意外ですね。

 東海道・山陽新幹線は停車駅の多さで「のぞみ」「ひかり」「こだま」に分けていますが、東北新幹線などJR東日本の新幹線は、行先によって名前を変えています。上越新幹線は新潟行きが「とき」、高崎や越後湯沢行きが「たにがわ」。長野新幹線は「あさま」だけですが、北陸まで伸びれば変わるでしょう。東北新幹線も八戸行き(+大宮-仙台間ノンストップ?)が「はやて」、那須塩原や郡山行きが「なすの」となっていますが、仙台行きも盛岡行きも同じ「やまびこ」です。「やまびこ」には在来線時代から盛岡行きのイメージがありますから、この機会に仙台行きも名前を変えたらいいのではないでしょうか? かつて新幹線で使われていた「あおば」か、在来線の特急・急行の「ひばり」「まつしま」あたりはどうでしょうか?
(参考:毎日jp http://mainichi.jp/select/biz/news/20091112ddm041040127000c.html)

| | Comments (4) | TrackBack (3)

堺市のLRT計画は幻に

 堺の長年の課題は、東西を結ぶ交通機関の弱さ。大阪市内とを結ぶ交通機関は充実していますが、それらを結ぶ鉄道はありませんでした。そこで出てきたのが、堺東と堺とを結ぶLRT。利用者の減少に悩む路面電車の阪堺線も、新型車両の導入などでLRT化して、相互直通するというものです。ここが実現すれば、全国的に見ても進んだ路面電車の姿を見ることができたはずでした。

 しかし、このせっかくの計画も住民からは支持されず、9月に行われた市長選でLRTに批判的な新人が当選したため、事態は大きく変わりました。竹山新市長のもとで堺市は、(LRTを運行する予定であった)南海電鉄と阪堺電気軌道に対し、LRTの建設中止を申し入れたのです。中止となった区間は、堺東-堺間と、阪堺線我孫子道-浜寺駅前間(阪堺線区間は既存の路面電車の改良)です。堺-堺浜間は中止の対象にはなっていませんが、見直し対象にはなっています。地下鉄の計画もありますから、まずこの区間だけができることはないでしょう。これにより、堺にLRTをつくるという先進的な計画は幻となってしまいました。市長選の結果からこうなることは予想できましたが、せっかくの計画も水の泡です。

 残る阪堺線については、堺市と阪堺電気軌道で話し合うことになっています。しかし、LRTが消えた以上、阪堺にとって阪堺線を残す必要はありません。もともと阪堺は利用者の減少から堺市内の部分を廃止する計画でした。これを存続させたのは、堺市内のLRTの話があったからです。阪堺線もLRT化され、活用されることを期待していたのです。堺の住民がLRTに冷淡な態度を示した以上、堺の街から路面電車が消えるのは当然のことです。今さら阪堺線の廃止反対運動をしても、何の効果もないでしょう。LRTをつくること以外で、阪堺線を助ける道はなかったのです。

 これで堺は、これまで弱かった東西の軸をつくるという絶好のチャンスを逃しました。路面電車が見直されつつあるこの時代になって、路面電車を廃止に追い込むという愚挙を犯しました。住民の無理解で路面電車が全廃になるのは岐阜で最後かと思ったら、そうではなかったのです。この後、堺の街がどうなるかはわかりません。堺が不便なら何も文句を言わず、そのまま電車に乗って難波や天王寺まで行くだけです。
(参考:YOMIURI ONLINE http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20091104-OYO1T00751.htm)

| | Comments (2) | TrackBack (1)

「天空」でChange of mode(3)

 この時間に高野山に行っても遅いので、すぐに折り返しの電車(極楽橋14:12発)に乗る。九度山で途中下車。

 九度山は、関ヶ原の戦いで負けた真田昌之・幸村が流されたところ。大坂冬の陣、夏の陣までの約15年間を九度山で過ごした。真田親子の住んでいたところは、「真田庵」と言われ、寺になっている。

 また、九度山は高野山への入口であった。九度山という地名は、空海が月に九度、九度山に住む母のもとを訪ねたからだと言われている。母の住んでいた慈尊院までは駅から歩いて25分程度。

 帰りは予定より一本早い電車に乗ることができると思ったが、あと少しのところで発車してしまった。次の電車まで40分以上あるので、戻ってゆっくりと散策する。晩御飯も買っておこう。もちろん、ここは柿の葉寿司だ。

 逃した電車は、2300系。橋本以南でしか乗ることができない電車だ。せっかくだから乗っておきたい。時刻表を見ると、次の高野山方面は16:18発。難波方面は16:24発。高野下ですれ違うのだ。16:18発が運よく2300系なら、目標達成だ。高野山方面のホームで待っていると、2300系の2両編成がやってきた。「スルッとKANSAI 3dayチケット」を持っている強みだ、迷わずに転換クロス車に乗った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

「天空」でChange of mode(2)

 橋本を出て九度山あたりまでは平坦な里の光景。「天空」にとっては足慣らし、といったところ。小さな駅でも駅員が出てきて(交換できない下古沢以外は駅員がいるようだ)、「天空」を見送ってくれる。「スルッとKANSAI」や「PiTaPa」が使え、駅員もちゃんといるというのは大手ならではの余裕か。車両も2300系が登場するまでは利用者が少ない橋本以南でも安全上の理由からか4両で運転され、ワンマン運転はなかった。

 しかし、九度山を過ぎると山の中に入り、高野下からは半径100メートルのカーブと50パーミルの勾配で山を登っていく。「天空」はもともと高野山直通用の車両としてつくられた車両。しかし、高野山直通用の車両といっても、2両編成のほうは三日市町以北(橋本まで線路改良が完成したのちは橋本以北)の増結用なので、高野山まで行くことは基本的にはなかった。そういう慣れない、過酷な道を「天空」はたどる。

 急カーブと急勾配で登ってきたが、さすがに高野山までは無理。極楽橋からはケーブルカーの力を借りることになる。極楽橋の周辺には何もない。ケーブル乗り換えのために存在する駅だ。(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

「天空」でChange of mode(1)

 「天空」の始発駅は橋本。1面2線のホームで上下の電車をさばくため、あわただしい。昔のように急行も高野山まで直通していたころはこれで十分だったが、橋本で分断された現状では厳しい。ホームを前後に分けて、ひとつの線路を難波方面の電車と極楽橋方面の電車で分け合う。しかも、特急「こうや」のように、高野山直通の電車も時々あり、常時ホームを2分割して使うわけにもいかない。ダイヤづくりは至難の業だ。

 「天空」に乗るには、車内で買えばよい途中駅(学文路・九度山)からの乗車の場合を除いて、橋本(極楽橋行き)あるいは高野山(橋本行き)の窓口で、発車10分前(高野山の場合はケーブル発車の10分前)までに、買わないといけない。予約も受け付けているが、主要駅や旅行会社では対応していない。電話予約のみ受け付けている。しかも、受け付け開始は乗車の10日前から。運が悪ければ(それ以前に受け付けている)団体客で埋まってしまうこともある。人気列車なので、電話をかけてもなかなかつながらない。30回以上も電話をかけ、ようやく電話がつながり、予約することができた。

 「天空」は高野山直通用だった2200系を改造してつくった2両編成の車両。新型車両の導入により高野線を追われ支線用に回されたが、「天空」の登場により呼び戻されたものである。車端部を除いて、高野山に向かって右側に座席がセットされている。山が迫ってくる左側と違い、右側は谷が多く、渓谷美が楽しめる。もともとは2扉の車両であったが、2両とも橋本側のドアが撤去され、展望スペースになっている。特に橋本側の車両は、オープンデッキとなっている。余談だが、「天空」の車両番号は、高野山と橋本にちなんで、「2258」と「2208」となっている。

 先ほども述べたとおり、「天空」は2両編成だが、後ろに転換クロスの2300系2両を連結している。こちらは自由席なので、指定券がなくても乗ることができる。ホームには先発の13:17発高野下行きの各停が停まっている。「高野下」と「高野山」が紛らわしいためか、誤乗を防ぐためのアナウンスがなされている。高野下行きの発車後、ようやく「天空」がホームに到着し、乗車開始。乗り終わったと思ったら、すぐに発車。13:22発だから、時間はない。確かに橋本はJRとの共同使用駅であり、スペースに制約があることは分かっているが、余裕が欲しいところである。発車時間のかなり前から何もない駅のホームで待たされているだけに。(続く)
(参考:南海ホームページ http://www.nankaikoya.jp/tenku/index.html)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

「天空」でChange of mode(0)

 昨日(3日)、「俗世間から精神世界へと『Change of mode』できる乗り物」というコンセプトのもとでつくられた南海の観光列車、「天空」に乗ってきました。

 明日から何回かに分けて、そのときの旅行記を書いていきたいと思います。
(参考:南海ホームページ http://www.nankai.co.jp/company/news/pdf/090327_3.pdf)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

名松線の部分バス化はやむを得ず

 2年ぶりに日本に上陸した台風18号。この台風は、松阪と伊勢奥津とを結ぶJR名松線に大きな被害を与えました。松阪-家城間は被害が小さかったこともあり、1週間ほどで復旧しましたが、家城以遠の被害状況はかなりのものでした。そこでJR東海は、家城-伊勢奥津間の鉄道での復旧をあきらめ、今後もバスによる運行を続ける方針です。

 もともと名松線は、松阪と名張とを結ぶ目的で建設された路線でした。しかし、建設途中の1930年に、大阪と伊勢とを結ぶ参宮急行電鉄(今の近鉄大阪線・山田線の一部)が開通。最新鋭の電車が名張と松阪とを通りました。こうなると名松線の建設の意義を失います。結局、名松線は伊勢奥津で止まってしまい、名張まで全線開通することはありませんでした(伊勢奥津-名張間は三重交通のバスが運行)。

 国鉄末期には大きなピンチがありました。輸送量が極めて少ないため、廃止の対象になりましたが、並行する道路が整備されてなかったことから廃止をまぬがれました。しかし、1日5.5往復運転される家城-伊勢奥津間の代替バスが、鉄道とほとんど変わらない時間(便によっては、鉄道よりも速いものもあり)で走ることを考えれば、JRになってからの20年間で道路が整備されたということになります。「並行する道路がないから鉄道を残さないといけない」という理屈は成り立たなくなったのです(このような区間は名松線だけではありません。ほかのローカル線にも見られます)。名松線家城以遠は、地形が厳しいこともあり、安全を確保するため、急カーブや急勾配ではスピードを落とし、1時間に20ミリの雨で運転を見合わせていました。幹線ならちゃんと整備をするのですが、その必要性がなかった区間でした。多額の費用をかけて復旧したとしても、また同じように被害にあう可能性があり、復旧するだけの効果がありません。

 名松線の利用者は減り続けています。JRになってからの20年余りで、名松線全区間では約60%減りました(1日当たりの各駅の乗車人員の計は700人)。特に家城以遠の落ち込みは大きく、約80%減っています(1日当たりの各駅の乗車人員の計は90人)。細かく見ると、JR発足後10年ほどは、名松線全区間も家城以遠も同じように減り、利用者は1987年に比べてほぼ半減しました。しかし、ここ10年は、全区間でみるとほぼ横ばいであるのに対して、家城以遠はまた半減しています。バスで輸送できることは明らかです。わざわざ大金をかけて復旧させる価値はないでしょう。バスでも運賃水準が変わらない以上、赤字でしょうが、それでも復旧にお金を投じる必要がないだけ安上がりだと思われます。維持費も減ると思われます。

 鉄道での運行を止める家城以遠も、運賃は現状のものが維持されます。鉄道車両が来ないとはいえ、JR東海の一路線でありますので、正式には「廃止」に当たらないとも考えられます。名松線の厳しい現状を考えると、部分バス化はやむを得ない状況でしょう。正式に廃止され、JRから切り離され、運賃が値上げされるよりかは良いと思ったほうがよいでしょう。冷静に考えると、このようなローカル線の部分バス化に反対することはできません。
(参考:JR東海ホームページ http://jr-central.co.jp/news/release/nws000410.html、「全国鉄道事情大研究 名古屋都心部・三重篇」 川島令三著 草思社)

| | Comments (4) | TrackBack (1)

より以前の記事一覧