中国地方のローカル線の現状を見る(6)

 夜行バスの発車まで1時間余りあるが、橋上駅舎建設中のため、駅には待合スペースがない。駅前のロータリーにはバスターミナルがあり、ベンチもあるが、暗く、屋外にあるため(屋根はある)、風が吹き込んでくる。列車が少々遅れても対応できるように少し早いので岩国に来たが、これなら新山口で粘って待ったほうがよかったか? ただ幸いなことに、ほぼ時間通りに夜行バスがやってきた。台風の影響で運休するかどうか心配であったが、きちんと動いていたのだ。座席はほぼ埋まっていて、盛況。萩から大竹までの広範囲で乗車を取り扱うからなのか、夜行バスであるにもかかわらず明るく、昼間のバスみたい。大竹インターチェンジから入って、宮島サービスエリアで唯一の休憩(ワンマン運行のため、運転士の仮眠などで宮島サービスエリア以外でも何か所か停まるが、外に出ることはできない)。宮島サービスエリアを出てから消灯し、眠ることができるようになる。

 高速バスは予定通り三宮に着いたが、そこから先は台風のため、大きく変更を余儀なくされる。確かに雨は降っていないが、風は強い。元々は深日港と洲本を結ぶ船に乗るために、三宮から高速バスで洲本に向かう予定だったが、肝心の船が台風のため運休。淡路島から脱出できなくなったら困るから、淡路島に向かうこと自体を止める。ただ8月から走り始めた、京阪の「プレミアムカー」には乗ってきたので、それを中心に書く。まず最初に訪れたのは、摩耶。JR神戸線六甲道−灘間に新しくできた駅だ。その駅でいったん降りた後、阪急と阪神を乗り継いで武庫川に行く。ここから乗ったのは、武庫川線。たった3駅を2両編成の電車(昔懐かしい「赤胴車」が走る)が行ったり来たりする支線なのだ。中間改札を通り、武庫川8:16発に乗る。朝に都心と反対方向に行くため、利用者は少ない。終点の武庫川団地前に着いたが、同じ列車で折り返すのはおもしろくない。実は駅名になっている武庫川団地は、駅のさらに海側にあるのだ。駅から少し歩かないといけない。これに対してバスは団地の中まで入る。帰りはそのバスに乗ることにする。バスは駅から西にしばらく歩いたところを走っている。ここのバスは日中でも1時間に8本ある(武庫川線は3本)。交差点で信号待ちをしているとバスが通り過ぎてしまったが、少し待つだけで次のバスが来た。バスの客は4人と少なかったが、(駅から近い)ららぽーとあたりから乗るなど、途中で増え、10人近くになって甲子園に到着。

 阪神で梅田まで行き、歩いて淀屋橋に行く。雨は降っていない。狙いは8月から走り始めた、京阪の「プレミアムカー」。3列シートの、追加料金が必要な特別車両だ。JRのグリーン車に相当する。「プレミアムカー」のチケットはインターネットでも販売するが、駅で買うなら事務室に行く必要がある。自動券売機では買えないのだ。しかも、ICカードで払えない。意外なことだ。駅の案内表示では残席わずかとのことだったが、1人掛けの席を指定できるぐらいの余裕がある。渡されたチケットは、薄っぺらいレシートだった。指定された座席に座ると、淀屋橋9:40発の特急は発車した。京阪は淀屋橋を出たときは空いていても、京橋までに乗ってくる。今回もそのパターンかと思ったが、京橋を過ぎても空席がところどころにある。台風なので出かけるのを止めたのかもしれないが。ただ枚方市や樟葉からお金を払って乗る客がいたのは意外だ。お金を払うなら大阪市内から乗ると思っていたからだ。話は変わるが、「プレミアムカー」は既存の車両を改造したため、扉が端にない。車両の端と扉との間が半個室みたいな格好になっている。グループだとそこを選ぶのもいいだろう。また余談だが、床に目を落とすと、枯山水模様がプリントされている。京都のイメージだ。在来線で名古屋に戻るので、丹波橋で降り、東福寺を経由して京都に向かった。

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中国地方のローカル線の現状を見る(5)

 六日市から先は1日2往復半(日祝運休)の路線バスがあるが、広島と益田を結ぶ高速バス(1日6往復)も利用できる(ただ普通の路線バスよりも停まるバス停は少ない)。路線バスは夕方までないので、高速バスを使う。高速バスは予約がいることが多いが、昔は一般道を走っていた経緯から予約不要。一部を除いて路線バスみたいに短区間の利用もできる。ちょうど六日市のバス停(六日市駅)は、高速バスの停留所と同じところにあった。町の施設が待合室として開放されているので、そこで待つ。少し遅れて高速バスがやってきた。何人か降りて私が乗り、12人ほどで高速バスは発車。途中のバス停で乗るのもいるが、降りるほうが明らかに多く、だんだんガラガラになっていく。青原駅前で下車。ダイヤから8分ほど遅れている。駅前というバス停なのに駅が見えないので運転士に聞くと、結構大きい川の向こうが駅とのこと。すぐ目の前ではない。駅前という言葉にひかれて青原で乗り換えることにしたのだが、これなら手前の日原診療所前で降りて、歩いて日原からJRに乗ったほうがよかったのかもしれない。歩く距離は長くなるが、JRでひと駅分を往復する時間が節約できる。川を渡り、14:27発の朱色に塗られた2両編成の普通列車に乗る。実はこの列車、臨時列車。運転日がわからず、当初の計画では乗る予定ではなかったが、8月下旬になって運転されることがわかったため、乗ることにしたのである。この列車があることで、次に紹介する列車に乗ることができるようになったのだ。

 津和野で降りる。次の列車は1時間後、それなのに駅には待っている人がたくさんいる。さらに言えば外国人もたくさん、どこの国にいるのかと言いたくなるほど。次の列車はSLの「やまぐち号」、ここで注目を集めているのがSLではなく客車である。日本語としてはおかしいかもしれないが、JR西日本が新型の旧型客車をつくり、この9月から走らせ始めたのである。改札が始まり、「やまぐち号」に乗る。客車の出来はすばらしい。本当の旧型客車みたい。ボックスシートは昔懐かしい青で、白熱灯(?)が灯っている。内装には木が使われ、細かい調度品も当時の雰囲気だ。車内には路線図があるが、1934年のもの。現在との違いを探そうと思わずじっくり見たくなる。1号車はグリーン車、シートは赤がベースになっている。グリーン車は売り切れていたので外から見ただけだが、下々の者は入ることが許されないような重厚さがある。お金さえ出せば乗ることができる、今どきのグリーン車とは大違いだ。客車は35系という名前になっている。かつて大量につくられた旧型客車の形式名を使っているが、4000番台にすることによって、既存の車両との区別を図っている。とは言うものの、21世紀の今に通用するよう、時代に合わせているところもある。冷房は完備で、コンセントも各テーブルにある。バリアフリー設備もあり、モデルとした車両では荷物室だったスペースを、多目的室とバリアフリートイレにしている。目の飛び出るような金額の豪華寝台列車よりも、「乗りたい」と思わせる列車だ。今年(2017年)の傑作と言ってもいいだろう。

 「やまぐち号」は津和野を後にした。皆の注目を浴びながら。津和野付近だけでなく、沿線のあちこちで手を振る人がいる。「やまぐち号」の3号車には普通席のほか、売店、投炭ゲームと運転シミュレーションゲームがある。このゲームができるのは抽選で、今回は残念ながら外れてしまったが(人がやっているのを見ただけ)、おもしろそうだ。機会があればやってみたい。上りの「やまぐち号」は一部を除いて下り坂で、意外とスピードが出るところもある。ほかに意外に思ったのは、途中の駅でも乗り降りがあること。すぐ降りた客は短区間での体験乗車なのだろうか? 私の座っていたボックスシートにも途中から家族連れが乗り、いつの間にか消えていた。この「やまぐち号」には両端に展望車がある。最後尾のものだけ使えるので、山口を過ぎてから見に行くことにする。かつては上流階級しか入ることが許されなかった展望車だが、ここは一般庶民でも立ち入り可能なのだ。「やまぐち号」は新山口に到着。新山口に改称されて久しいが、どうもなじめない。あまりにも山口は離れているのだ。山口の玄関口であることをはっきりとさせたいのなら、山口小郡というように山口を頭にかぶせたほうがよかったのかもしれない。話を元に戻す。新山口ではSLのみ先に切り離し、客車を置き去りにして車庫に入る。残った客車はどうするかと言えば、後ろのほうからDD51がやってきて、DD51の牽引で車庫に戻るのだ。これは最後まで残っていないと見ることができないのであるが、入れ換えだけというのはもったいない。35系を国鉄型の電気機関車(特急用のEF65やEF66は似合わないだろうが)やディーゼル機関車にも引っ張らせたいものだ。SLの検査期間中のイベントとしていかがであろうか? SLは観光用として今後も動くように整備されるが、電気機関車やディーゼル機関車を今後とも維持するとは限らない。JR東海にはすでに機関車はないし、JR西日本も新型ラッセル車には客車を牽引する機能がある。機関車の代わりになるのだ。

 元々「やまぐち号」に乗る予定はなかったので(最初は浜田から高速バスで広島に向かう予定だった)、今晩(16日)の夜行バス(「カルスト号」)は岩国からの乗車。夜行バスの切符はコンビニで買っていたので、変更が難しいのだ。普通列車で岩国に向かうのだが、「のぞみ」もある程度停まるこの新山口でお土産を買っておく。待合室ではNHKのニュースが流れているので、台風の進路の確認もしておく。新山口19:41発の岩国行きでようやく東に向かう。黄色に塗られた115系の4両編成だが、2扉の転換クロスシートで、117系みたいな座席配置である。227系の投入により、国鉄型車両は置き換えられるが、その中でも国鉄型車両としては比較的新しいものの、ラッシュに難がある2扉の車両から先に廃車になることは容易に想定できる。117系新快速はあこがれの車両だったが、その117系に想いを寄せながら乗ることにする。津和野で売っていた駅弁(「かしわめし弁当」)を食べながら時間を過ごす。乗客は拠点となる駅(防府のような、新幹線の停まらない駅も含まれる)で乗ってきて、その後降りるという感じ。(続く)
(参考:「岩日北線記念公園のご案内」(「とことこトレイン」乗車時のパンフレット))

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中国地方のローカル線の現状を見る(4)

 帰りはバス。広島中心部へのバスは日中でも1時間に10本ほどある。とりあえず17:40ごろにやってきた広島交通のバスに乗る。座席はほぼ埋まっている。途中の乗り降りも盛んで、よく使われているのがわかる。バスはすれ違うのも難しそうな細い道も通る。途中までは乗り降りはあるものの、座席が埋まる程度の混み具合であったが、中心部に近づくと増えていく。立っている人で、外が見えなくなるほど。ところでこのバス、広島に行くことはわかっていたが、どこを通るのかはわからない。答えは意外だった。54号線(アストラムが走る道路)より西の183号線を通って、横川を経由するのだ。思っていたよりかなり西側を通っていたのだ。バスは広島駅行きで、路面電車の軌道に沿って走り、紙屋町、八丁堀で客を降ろしていく。渋滞していたようで可部から八丁堀まで1時間かかった。所定では40分のところだ。私も八丁堀で降りたが、泊まるホテルは白島にあるので、130円払って路面電車に乗る。八丁堀18:40ごろの白島行きに乗ったが、枝線であるにもかかわらず座席はそれなりに埋まっていた。白島からホテルに向かう途中で見つけたお好み焼き屋で夕食にする。

 日付が変わって、翌日の16日、土曜日。台風が近づいているので、それを気にしながらの旅となる。ホテルからは直接新白島に行ったほうが速いのは明らかだが、明るいうちに白島線に乗りたかったので(前日に白島線に乗ったときは真っ暗だった)、白島から八丁堀、本通を経て新白島に行く。路面電車2本とアストラムの乗り継ぎだ。白島6:43発の八丁堀行きに乗る。八丁堀までの運賃を「ICOCA」で払い、同じ「ICOCA」で乗り継いだ2本目の運賃を払えば、自動的に乗り継ぎ運賃が適用される。初乗り運賃を二度払わなくもよいのだ。支線の白島線とは違い、本線系統は単車でも比較的新しい車両が多い。八丁堀から乗ったのは連節車だった。カーブを曲がって本通でアストラムに乗り換え。

 地下区間を3駅だけアストラムに乗って、新白島でJRに乗り換える。新白島7:26発の岩国行きは227系の6両編成。アストラムもそうだったが、JRも休日なのに高校生が多い。混んでいるのでしばらく経って空いてから朝食のパンを食べることにする。それにしても少し前まで旧型ばかりだったのに、今ではステンレスの新型が圧倒的で、国鉄型はむしろ少数派。しばらく来ない間に大きく変わったものだ。

 岩国で錦川鉄道に乗り換え。8:29発の錦町行きは1両編成のワンマンカーだが(水色がベースの「せせらぎ号」)、中ほどは転換クロスシートで小さなテーブルもある。10人で発車したが、(錦川鉄道になる前の)西岩国で早速4人、次の川西で2人降りる。新幹線接続駅の清流新岩国では反対に乗る人がいたので客は8人になる。列車は川に沿って走り(進行方向右側に川がある)、眺めのよいところは途中で徐行する。駅に到着するときは接続するコミュニティバスの案内があり、鉄道とバスの連携は取れているようだ。ほかの駅でもわずかながら乗り降りがあり、錦町には8人で到着。駅脇の車庫には烏山色も停まっていた。

 錦川鉄道の前身、国鉄岩日線は錦町までの枝線をつくるつもりで建設した鉄道ではなかった。岩日線の岩は岩国、日は山口線の日原を指す。瀬戸内と山陰とを結ぶ、陰陽連絡鉄道のひとつとしてつくられたのだ。ところが錦町まで開業し、そこから先の六日市までをつくっている途中で建設が中止されてしまったのだ。とは言っても途中まで工事は進んでいる。そのすでにできあがった区間を活用してつくったのが、これから乗る「とことこトレイン」というもの。錦町で降りるときに錦川鉄道の運転士に「とことこトレイン」に乗る旨を告げて証明書をもらい、それを駅隣の販売所に見せると、「とことこトレイン」の運賃が150円引きの500円になる。駅の少し先にある乗り場に着くと、そこに停まっていたのはかつて愛知万博で見た、「グローバルループ」だった。台風前なので客は少なく、5人だけ。「とことこトレイン」は雙津峡温泉までの6キロほどの距離を40分かけて走る。鉄建公団のつくった路線らしく、トンネルが多い。それを逆手にとってトンネルに特殊な石を飾り、特殊な光を当てることによってトンネルの中がイルミネーションになる。「とことこトレイン」はトンネルの中で停まるので、イルミネーションをじっくりと見ることができる。

 「とことこトレイン」の走る区間には駅の設置計画があった。つくりかけの駅を通過する。雙津峡温泉までの間に2駅つくる予定だったが、そのうちひとつはつくりかけで、もうひとつは何もつくっていなかった。よって後者はどこが駅の予定地であったかは、「とことこトレイン」に乗るだけではわからない。それにしても乗り心地は悪い。特にコンクリート舗装の部分はひどい。そうこうしているうちに、雙津峡温泉に到着。そのまま折り返すのはおもしろくないので、帰りは路線バスにするが、1時間余り時間がある。近くにある温泉に入る。今日(16日)は夜行バスに乗るので、風呂に入ることができないかもしれない。早いけれど温泉に入ることにしよう。駅から川を渡り、対岸の少し坂を登ったところにある、日帰りの温泉に入ったが、飲むこともできる、源泉かけ流しの温泉だった。眼鏡をかけていないのでよくわからないが、ずっと英語で話を続けている男がいる。日本を訪れる外国人が多くなったとはいえ、ここまで来るのは驚きだ。

 バスの時間が来たので温泉を出て、バス停に行く。定時の11:52発のバスが来たが、白ナンバーで、誰も乗っていない。7分で道の駅に到着。私が降りるとまた無人のバスになる。錦町までの途中で降りたので、正確な比較はできないが(バスを降りた道の駅は、先ほど述べた、つくりかけの駅のあたり)、明らかに「とことこトレイン」よりは速い。次に乗るバスは30分ほど後、その間に鮎御飯などを買って昼にする。道の駅12:31発のバスが少し遅れてやってきた。錦町と六日市を結ぶバスは1日5往復あるが、毎日走るのは朝(六日市行き)か晩(錦町行き)の1往復だけで、昼間の便のうち3往復は週3日のみ、泊まらなくても使えるのは昼ごろの1往復だけだ。この昼ごろの1往復は日祝を除いて毎日走る。これも道の駅まで乗ってきたのと同じ白ナンバー、しかも先ほどはバスらしい車体であったが今度はワゴン車、そして誰も乗っていない。これから乗るバスは県境を越える、コミュニティバスとしては珍しいもの。ガラガラだったら廃止になってもおかしくないのだが、運転士の話によれば、六日市への通院需要があるらしい。岩国に行くよりは近いかららしい。(続く)

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中国地方のローカル線の現状を見る(3)

 3日目の15日は米子駅6:00発のバスで広島に行く。日本交通のバスで、夜行仕様の3列シート。10人ほどが乗っている。広島までの通常運賃は3900円(大塚駅までなら3800円)だが、「WEB片道割引」が適用されたので2500円で済む。1日目とは逆に米子駅から山陰道に向かうが、最寄りの米子中インターチェンジには西側への入口がないので、山陰道に沿って西に走り、次の米子西インターチェンジから高速道路に入る。山陰道、松江道、中国道と2時間弱走り続け、ようやく江の川パーキングエリアで10分間の休憩をとる。かなり広島に近づいたところで休憩をとるのは、松江道の休憩施設が乏しいからなのか? とは言っても、江の川パーキングエリアはトイレと自販機しかない(売店は短時間のみの営業)。広島道広島西風新都インターチェンジで高速道路を出て、物を落としたらどこまでも転がっていきそうな坂を下り、谷底にあたる大塚駅で下車。所定より15分ほど早く到着した。

 高速バス停留所の大塚駅は、アストラムの駅が近くにあるが、もうひとつ先が終点の広域公園前なので、そこまで歩く。10分余り歩いて到着。バスが予定よりも早く着いたため、アストラムは予定より2本早い広域公園前9:10発に乗ることができた。アストラムは新交通システムの長所である、勾配への強さを武器に坂を降りていく。広域公園前を出た時点ではガラガラだったが、中心部に向かうのでだんだん乗ってくる。アストラムは広域公園前を出てからずっと高架を走っていたが、新白島で地下に潜る。JRとの接続駅でもある、その新白島からは各駅ごとに降りていき、県庁前でごそっと降りた。

 終点の本通で階段を上がるとバス停がある。目の前をバスや路面電車がひっきりなしに通る。広島から呉には鉄道のほか、高速バスもある。広島の中心部から発着し、日中でも1時間に3本ある。米子からの高速バスが予定よりも早く着いたので、呉へのバスも予定より早くなり、本通り9:57発に乗ることができた。この呉へのバスは広島電鉄と中国ジェイアールバスの共同運行だが、乗ったのはジェイアール中国バス。観光バスタイプでトイレはない。ICカードは使える。広島市内でこまめに停まって客を乗せるが、中心部以外では乗るのはなく、10人弱で呉に向かう。バスは広島呉道路を通り、長いトンネルを抜けたらいきなり呉市街が現れる。40分ほどで呉駅前に到着した。

 呉は戦前、海軍の拠点として栄え、今も海上自衛隊のあるところである。ショッピングセンターを抜けて、「てつのくじら館」(海上自衛隊呉史料館)に行く。何を展示しているか、予備知識なしに訪れたが、掃海(機雷)除去と潜水艦についての博物館だった。かつて使われていた潜水艦(「あきしお」)が展示され、見ることができる。「てつのくじら館」を出たらちょうどお昼になったので、呉に因んだ料理としてカレーにする。海上自衛隊でも使われている鉄板の食器にカレーのほか、鯨のカツ、肉じゃがなどが載っていた。海上自衛隊の艦船のを再現したものらしい。スタンプラリーもやっていて、訪れた店の数に応じて景品がもらえる。昼からは「大和ミュージアム」(呉市海事歴史科学館)に行く。映画のためにつくられた大和の1/10の模型のほか、呉が海軍の拠点として選ばれてからの歴史を詳しく紹介している。1時間半あれば企画展も含めて十分見ることができると思っていたら、思ったよりも時間がかかり、後半は急ぎ足。というより、正直言ってちらっと見ただけ。かなり時間に余裕を持たせたほうがよいだろう。

 呉駅に戻り、今度はJRで行く。呉線の日中のダイヤは、快速が1時間に2本、普通が1本という珍しいもの。快速のほうが多いのだ。呉15:14発の快速「安芸路ライナー」に乗る。広始発で、227系の3両編成。意外なことにワンマン運転である。広島近郊は「ICOCA」が使えるので、運転士は集札をしなくてよい。第一、運賃箱すらない。都市型のワンマンなのだ。呉を出た時点で座席がほぼ埋まり、立っている人もいる。呉線は本数が多いのに、単線である。ところどころで交換待ちもある。複線が望ましいが、線路が海と山に挟まれ余裕がないのだろう。途中の停車駅で乗ってくる人がいるが、海田市で降りる人がいる。海田市で降りるのか、後続の普通に乗るのか、乗り換えなのかはわからない。

 広島から乗ったのは、16:01発の緑井行き。227系の2両編成。こちらはワンマンではない。芸備線からの接続を取り、2分ほど遅れて出発。その後も接続待ちや交換待ちで、遅れは増えていく。新白島や横川で増え、ドア付近はかなり混む。しかし、座席のあたりまで入って立つ人はいない。奥まで入って来ないのだ。クロスシートによく見られるものだが、ロングシートでも奥に入らない現象はあるので、座席を減らして扉付近の立席を増やすのが最善というべきか。可部線に入ると、各駅で降りていく。それにしても可部線はJRらしくない。家が線路の近くまで迫り、駅はコンパクト、構内踏切もたくさんある。元々が私鉄だったので当然と言えばそうなのだが、227系のような転換クロスシートではなく、トイレなしのロングシートのほうが似合う。もっとも、そのロングシートを可部線に限定せず、ある程度の距離を走るほかの線区にも使ってしまう危険性があるので、万能の227系のほうが問題なく使えるのであろう。各駅で降りていったので、緑井に着いたときにはガラガラになっていた。終点のあき亀山に行くのが可部線に乗った目的なので、後続の緑井16:37発に乗る。115系の4両編成で、黄色に塗られている。国鉄型車両だが後期の2000番台で、座席はセミクロスシートから転換クロスシートに変えられている。外観はともかく、中身はリニューアルされている。こちらは終点まで行くので、緑井止まりよりは混んでいる。可部からは3月に復活した区間。2駅間をゆっくりと走り、あき亀山に16:59に到着。これで未乗区間はなくなった。

 あき亀山は自動券売機と自動改札があるだけの無人駅。駐輪場と送迎用スペースがあるだけで、店の類は全くない。バスも乗り入れず、駅の近くの人しか利用できない。少し前に記事にしたが、延伸区間の利用者数が想定を下回っている。この状況ではやむを得ないところか。再び乗ってきた列車で折り返すのはおもしろくないので、可部まで歩くことにする。近道をしようとして住宅地に迷い込むこともあったが、25分ほどで可部に到着した。(続く)

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中国地方のローカル線の現状を見る(2)

 夜明け前の浜田から14日の旅が始まる。浜田から列車に乗るのだが、浜田も早朝夜間は無人駅となる。石見地方の中心であるこの浜田で無人なら、いったいどこが有人になるのか? 浜田から乗った5:20発の普通はキハ47の2両編成、終点の出雲市に着くころには通学にいい時間だからか、ワンマンではない。まだ真っ暗な浜田を出発する。

 明るくなった江津で三江線に乗り換え。セミクロスシートのキハ120を2両つないでいる。前は石見神楽のラッピング、後ろは三江線色の車両だ。ワンマン運行のため、後ろの車両の扉は終点まで開かない。パラパラと6人が乗った。どう考えても三江線の廃止を聞きつけて来た客で、地元の人はいない。列車は川を左に見ながらノロノロと進む。最初に交換することができる石見川本でも、交換する列車に乗っていたのは2人のみ、浜原始発のため少ない。浜原で交換したのには(三次始発のため)15人ほど乗っていた。今乗っている江津からの列車よりも明らかに多い。どちらも5時台に出る列車だが、三次発のほうが乗っているのは、江津よりも三次のほうがホテルなどの施設が充実しているからだろうか?

 浜原まではノロノロと走っていたが、浜原からは線路がよくなったためか、急に速くなる。さすが鉄建公団のつくった区間だ。長い階段を登らないとホームにたどり着くことができないことで有名な宇津井には2分停まる。本来はすぐに発車するのだが、特別に長く停まるのだ。もちろん、本来のダイヤにはない。口羽あたりからは日常的な利用があるためか、乗る人がいて(それまでの日常的な利用者は、石見川本で降りた女子高生など3人ぐらい)、三次到着時点では15人ほどになる。

 次に乗る列車まで3時間半余りあるので、駅を出て左側にある観光案内所で自転車を借りる。4時間までで200円、重たい荷物をかごに入れることができるのも自転車を借りるメリットだ。目指すは市街を見渡すことができる尾関山。途中、三江線の尾関山に寄って、三次まで乗ってきた列車の折り返しとなる、三次10:02発の石見川本行きを見送る。2両編成の列車にぎっしりと40人ぐらいが乗っている。石見川本で1時間半ほど待たないといけないとはいえ、一番時間帯がいいので混むのであろう(ちなみに1時間半ほど待つ石見川本は、ちょうどお昼どきにかかるので、特需を生み出しているものと思われる)。平日の「青春18きっぷ」のない時期でこれだと、休みの「青春18きっぷ」のある時期は恐ろしいことになる。すでに数字に現れており、2016年の時点で三江線の輸送密度は2015年度よりも4割増え、83人にもなっている。廃止の話が出ると起こる現象だが、この調子だと最終年度の2017年度の数字はどうなるのだろうか? お昼は名物のワニの刺身、ワニとはサメのことである。もちろん、海に住んでいる。それなのにこんな海から離れているところの名物になっているのは、サメが日持ちするからだ。サメにはアンモニアがあり、保存の技術がなかった時代でも三次まで持ってくることができたからなのだ。サメを食べるのはもちろん初めてだが、少し筋があると感じたくらいで、特にくせはない。三次13:01発の備後落合行きに乗る。備後落合まで行くのは、三次6:55発の始発以来、2本目。ロングシートのキハ120が1両で走るが、トイレはついている。三次を出た時点では4人だけだったが、塩町(福塩線からの接続はない)や備後庄原から乗る客がいて、8人になる。そこからは若干減り、備後落合到着時には5人だった。

 14時台の備後落合は新見、三次、宍道からの列車が集まり、また去っていくゴールデンタイム。しかし、木次線は月1回の保守の日。日中は列車が走らず、バスで代行輸送を行う。代行バスは駅前から出る。しばらくしてジャンボタクシーがやってきた。タクシー会社の運転士のほかにJRの係員も乗っていて、行き先を告げて乗る。8人しか乗ることのできないジャンボタクシーに6人乗る。定刻になり代行バスは国道を走るが、はっきり言って鉄道より代行バスのほうが速い。所定のダイヤより早く到着して、時間調整をする。おろちループで徐行する余裕がある。係員が駅を見回して、乗る人がいないのを確認してから発車する。ただし、途中駅では少し早目に来て乗る意思を見せておいたほうがよさそうだ。なお、出雲横田から三井野原までは路線バスが1日6往復している(平日の場合)。備後落合まで伸ばしたら、鉄道の代わりになりそうだ。大体25キロ制限のある鉄道を無理に存続させる経済的かつ社会的意義はすでになく、ましてや民間企業のJRに押し付けることはできない。それなりに需要があれば第三セクターで残せばいいが、それでも無理なくらいの需要ならバスでコストを抑えたほうがよい。鉄道には新幹線のような高速輸送か、大都市圏の通勤鉄道のような大量輸送を担わせるのが適当で、わざわざ不得意なローカル輸送をさせる必要はない。話を元に戻す。代行バスは各駅で時間調整をするため、駅を見学する余裕がある。鉄道に乗ることができないのは残念だが、代行バスもまた楽しからずや、といったところか。三井野原で親子連れが降りた以外動きなく、残り4人が終点の出雲横田まで乗る。律義にメーターが回り、出雲横田に着いた時点では6.5万円余りとなっていた。

 出雲横田からはキハ120、木次色が1両で走る。ロングシートだ。出雲横田を出た時点では5人乗っていた。次の亀嵩はそばで有名な駅、電話で予約すればホームまで配達してくれるが、何回かけても電話がつながらない。臨時休業だったようだ。どこか忘れたが途中の駅で場違いとも言えるようなスーツ姿のビジネスマンが乗ってきて、客数が少し増える。拠点駅の木次(ここから本数が増える)で18分停車する。停車中に乗客が10人に増える。出雲大東でも8人ほどだが高校生が乗ってくる。

 宍道で乗り換え。今日の最後の列車、普通米子行きは向かいの2番線からの発車。本来の1番線ではない。1番線に入ってきたのは何と「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」。実物を見るのは初めてだ。食堂車では優雅に食事を楽しんでいる。宍道17:40発の米子行きはキハ47の2両編成。夕方のラッシュ時のため、車掌も乗っている。ボックスシートも満席ではないが埋まっていて、ロングシート部分にも座っている人が多い。松江で通勤帰りのサラリーマンなどがたくさん乗り込み、立っている人が多くなった。しかし、駅に停まるごとにだんだん減っていき、米子では宍道を出たときの状態に戻る。泊まったのは駅前のホテル。パソコンを持ち込まなくても、特別料金なしで客室でもインターネットが使えるのは便利だ。旅先だとインターネットで調べることも難しくなるからだ。(続く)
(参考:JR西日本ホームページ http://www.westjr.co.jp/company/info/issue/data/pdf/data2017_08.pdf)

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中国地方のローカル線の現状を見る(1)

 日が変わる直前の名古屋駅から乗ったのは、両備バスの高速バス、「リョービエクスプレス名古屋号」。平日の中程なので、1/3ほどしか乗っていない。「リョービエクスプレス名古屋号」はワンマン運行をする。バスは途中何か所に停まるが、運転士の休憩のためのようで、サービスエリア等での休憩はない。バスは順調に走り、岡山駅西口バスターミナルには20分ほど早く、6:20ごろに到着した。

 次に乗る「ももたろうエクスプレス」も同じ岡山駅西口バスターミナルから発車する。路面電車に乗るほどの時間はないので、隣にある駅でインターネット予約をしていた切符を引き換えたほかは、発車時間まで待合室で待つ。バスターミナルからは数多くの高速バスが発車する。一番多いのは大阪行き。新幹線よりは遅いが安く、(新幹線の駅から離れている)難波に行くのが長所だ。岡山駅西口バスターミナル7:30発の「ももたろうエクスプレス」は10分ほど前にバスターミナルに入ってきた。バスは定刻に発車したが、朝のラッシュのため、次の岡山インターには7分ほど遅れて到着。岡山インターでの乗車はなく、12、3人ほどで山陰に向かう。バスは岡山道、米子道を経由して山陰に向かう。岡山道、米子道ともに対面通行区間がところどころにある。大雑把に言って岡山道、米子道ともに南半分が4車線で、北半分が対面通行だ。米子道の蒜山高原サービスエリアで休憩して、再び走り出す。米子道からは左に折れて山陰道に入り、米子中インターチェンジで降りると2、3分で米子駅。高速道路から近くて驚く。所定のダイヤより少し早く到着している。

 米子に行った目的は、後藤総合車両所の見学ツアーに参加するため。車両基地の一般公開は時々あるが、日常業務をやっている普段の様子を見せてくれるのは珍しい。後藤総合車両所の見学ツアーは午後からだが、午前中に米子駅の南側にある扇形車庫を見学するオプショナルツアーがあるので、それにも参加する。集合時間の10:30に米子駅に集まったのは3人、係員に誘導されて駅からぐるっと回って扇形車庫まで歩く。米子では簡単な検査を行っており(その現場も見ることができる。ただ、奥のほうで作業をやっていて見づらかったのは残念だった)、扇形車庫にはディーゼル機関車、ディーゼルカーのほか、新型ラッセル車のキヤ143もあった。今年の冬の実績を見て、旧型のラッセル車を廃車にするかどうか考えるのだろう。ディーゼルカーはキハ121のほか、キハ40系もたくさんいる。国鉄時代に製造されたキハ40系はJR東海ではすでに全廃され、廃車に向けて動きのあるところもあるが、JR西日本はまだまだ残りそうだ。1時間ほどでオプショナルツアーは終わり。駅に戻って2階の食堂(9月末で閉店)で隠岐いか丼を食べる。米子は高架になっておらず、橋上駅舎でもないので、昔ながらの地方ターミナル駅の姿を残している。

 後藤総合車両所の最寄り駅は、境線で2駅の富士見町。米子は「ICOCA」が導入され、自動改札も入っているが、境線は「ICOCA」の対象外で、あらかじめ切符を買わないといけない。米子13:22発の境港行きはねずみ男のラッピングをしたキハ40の1両。立っている人はいないが、ボックスシートには1人か2人座っている。車内放送は鬼太郎とねこ娘がやっていた。富士見町では後藤総合車両所の係員が待っていた。後藤総合車両所はディーゼル機関車、ディーゼルカーなどの全般検査を行うことのできる大規模な工場である。因みに後藤は地名ではなく、人名が由来のようだ。日常業務を行っている工場を見学するため、内容はその日のお楽しみ。キハ189系の台車が切り離され、クレーンで木次色のキハ120を持ち上げている。一般公開という飾られた場でなく、日常の姿の工場を見るというのは、何とおもしろいことか。後藤総合車両所では一部電車の検査も行っていて、紀勢線から来た381系のクハが1両、ポツンと置かれていた。部品取り用か?

 15時過ぎに見学は終わったが、米子方面の列車は当分ない。沿線には家が多い。富山ライトレールみたいに、JRから切り離して増発すればそれなりの効果がありそうだ。ただ、後藤までの区間はJRから分離する訳にはいかない。後藤総合車両所があるからである。分離した場合、そこの扱いをどうするかが問題となるのだ。富士見町15:58発は「ゲゲゲの鬼太郎」ではなく、キハ121の2両編成で山陰海岸ジオパークのラッピングをしていた。米子からは16:13発の「スーパーまつかぜ7号」に乗る。鳥取、島根の両県をほぼ走る、鳥取発益田行きの特急、外観はシンプル過ぎて特急らしくない。米子で降りる人が多く、ガラガラの状態で発車する。松江や出雲市で乗ってきたが、それほどでもない。扉から遠い奥のほうだったこともあり、2席を占領することができる。出雲市まではそうでもなかったが、出雲市を過ぎたあたりから速く走る。今のところ国道を走る車よりも速く走る特急だが、部分的に完成している高速道路が気になるところ。浜田で泊まったのは、駅から歩いて10分ほどだが、高台にあるホテル。明かりは少ないものの浜田の夜景が見える。(続く)
(参考:JR西日本山陰開発ホームぺージ http://www.wjrsd.co.jp/cgi-bin/rus7/info/view.cgi?d=21)

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中国地方のローカル線の現状を見る(0)

 9月12日の深夜から17日にかけて中国地方に出かけてきました。2018年3月で廃止される三江線など、中国地方のローカル線の現状を見てきました。

 明日から何回かに分けて、そのときの様子を書いていきます。

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スペースワールド駅、閉園しても駅名変わらず

 北九州市八幡東区にあるテーマパーク、スペースワールドは2017年末で閉園します。

 このスペースワールドの最寄り駅は、JR九州鹿児島線のその名もスペースワールド駅。1999年7月に開設されました。しかし、先ほども述べたように、肝心のスペースワールドは閉園してしまいます。その場合、スペースワールド駅は改名を迫られるのでしょうか?

 結論から言えば、閉園後もスペースワールド駅の駅名は変わりません。その理由は、駅名を変えると、様々なところを変えないといけないため、結構コストがかかります。そのため、駅名は変えないのです。現実に、小田急の向ヶ丘遊園駅、東急の学芸大学前駅、都立大学前駅など、すでに遊園地や大学が近くにないのに、駅名だけが残っているケースはあります。

 ただし、スペースワールドの閉園により、確実にスペースワールド駅の利用者は減ります。現在はスペースワールドの営業時間に合わせて快速を停めていますが、2018年春のダイヤ改正で快速がすべて通過し、普通だけが停まるようになるようです。
(参考:YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/national/20171013-OYT1T50012.html、西日本新聞ホームぺージ https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/364053/)

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「きんてつ鉄道まつり2017」で大阪難波発高安行き

 10月28、29日の2日間、高安車庫などで「きんてつ鉄道まつり2017」が開かれます。

 これに合わせて臨時列車が1本運行されます。それは普段運行されない、大阪難波発高安行き。大阪難波から大阪線に乗り入れる特急はたくさんありますが、普通列車は珍しいことです。

 大阪難波発高安行きのダイヤは2日間とも、大阪難波10:03発高安10:31着。各駅に停まります。この臨時列車には専用のヘッドマークがつきます。
(参考:近鉄ホームぺージ http://www.kintetsu.co.jp/railway/Dia/dia_tetsudomatsuri2.html)

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大井町線、急行を7両編成化&2018年3月に新車導入、ダイヤ改正

 慢性的に混雑する田園都市線をカバーする存在としてクローズアップされているのが、大井町線。利便性向上のため、2008年3月から急行を運転しています。

 しかしその急行も多くの人が利用し、混雑しています。運行を開始した2008年度と比べると、大井町線の1日平均輸送人員は、約40万人から約50万人と、20%近く増えています。そこで東急は、以前にも書いたとおり、6両編成から7両編成に増強します。7両編成化は11月4日から行い、2018年3月に完了します。2018年3月にはダイヤ改正を行います。朝ラッシュ時において、急行の運転本数を増やし、混雑の緩和を狙います。日中は各停を増発します。

 急行の本数増加に対応するため、新車も投入します。2018年春に6020系を2本(14両)投入します。6020系は、田園都市線に投入する新型車両、2020系と同じように、車内には空気清浄機を設置し、座席は背もたれの高いハイバック仕様としています。ドア上のデジタルサイネージでは、ニュースや天気予報などの情報サービスを提供します。外国語での案内も行います。フリースペースを拡大し、バリアフリーに対応させます。

 東急ではホーム上の安全対策として、ホームドアの設置を推進しています。大井町線においては、2017年度に荏原町と九品仏でホームドアの使用を開始します。荏原町1号踏切や緑が丘3号踏切では、立体的に障害物を検知することのできる、3D式踏切障害物検知装置への更新を行います。
(参考:東急ホームぺージ http://www.tokyu.co.jp/company/news/list/Pid=post_5.html)

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