富士山に観光鉄道

 ときどき浮かんでは消える話ですが、富士山に観光鉄道をつくる構想があります。

 昨年11月に出てきたこの構想は、富士五湖観光連盟の正副会長会議で打ち出されました。山梨県の「富士スバルライン」を転用する案で、区間は有料道路ゲート付近から5合目までの約30キロ(東京からの直行便も考えているようです)。平均勾配は約5%なので、特殊な装置がいるとは思われますが、鉄道でも登ることができるレベルです。全線単線で、途中に4駅を設けます。4両編成の電車で運び、定員は800人。建設費は700億円前後のようです。

 この鉄道は道路を転用する案なので、新たに環境を破壊することが少なく、電車には輸送の限界があることから入山者を制限することもできます。夏季は渋滞した車の排気ガスで動植物に悪影響を与えるため、マイカー乗り入れを禁止している時期もあるぐらいです。現在は冬季は通行止めとなることもありますが(途中までは行くことができるようです)、鉄道なら年中運転できるという特徴があります。

 ただ、冬季に観光客が富士山に入ることにより、新たな環境への悪影響を指摘する声もあります。以前から鉄道構想が浮かんでは消えたのも、環境問題が絡んでいます。鉄道の建設も全く環境破壊をもたらさないか、といえばそうではありません。物資の輸送もいるでしょうから、夏季のピーク時のように有料道路からマイカーを締めだし、バスによる輸送に統一するのもひとつのアイデアでしょう。
(参考:Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090103-00000531-san-soci)

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静岡B級グルメと副都心線(5)

 渋谷で銀座線に乗り換え。副都心線からは、いったん改札を出て乗り換えなければならない。かつては乗り換え用の改札口を通らないと運賃は通し計算されなかったはずだが、「PASMO」になってからは、30分以内の乗り継ぎならどこの改札を通っても運賃は通し計算されるようだ。

 上野で降りて向かった先は、東京都美術館。「フェルメール展」を見に行くためだ。金曜の夜に限り、20時まで開いている。ある程度の待ち時間も覚悟していたが、美術館に行ったらなんと待ち時間はなし。事前にインターネットで印刷した紙を係員に見せる。紙にはバーコードも印刷されており、係員はそれを読み取ることで切符の役割を果たす。代金は、インターネットにてすでにクレジットカードで支払っている。

 フェルメールは17世紀のオランダの画家で、寡作な画家であったため、現存しているのは30点あまりしかない。そのうちの7点がここ東京都美術館に来ているのだ。もちろん、7点だけでは美術展は成立しない。そこで、同時代のオランダの画家の作品、30点あまりを加えているのだ。大阪や名古屋などでも開催してくれればいいのだが、ほかの地域での開催予定はないので、この機会に東京都美術館に寄ることにしたのだ。

 フェルメールの作品を中心に、ゆっくりと見ていったら、閉館時間の20時になってしまった。(続く)

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浅草

 「ぷらっとこだま」(2回)、「グリル満点星」と続いたこの東京シリーズも今回でおしまいです。

 丸ビルの「グリル満点星」でお昼を食べた後、皇居の近くまで寄り、地下鉄で浅草まで向かいます。地上に上がったら、浅草は大混雑。浅草でも「時代祭」が行われていたのです。もちろん、東京の時代祭は、登場人物が源頼朝、徳川家康など東京を代表する人物が登場します。

 さて、私たちは浅草寺を目指します。地下鉄の出口からまっすぐ歩くと雷門がありました。門前では国の内外から訪れた人たちが記念撮影をしています。参道の仲見世通りには両脇にお土産物屋などがたくさんあり、賑わっています。まっすぐ歩くのが難しいほどです。中には外国人向けに英語で書かれた看板もあります。

 ようやく最終目的地の浅草寺にたどり着きました。ここも仲見世通りほどではありませんが、賑わっています。今回の旅の無事を祈りました。

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東京から戻ってきました

 みなさん、おはようございます。

 昨日の夜に、東京から戻ってきました。後で、簡単な報告をしたいと思います。

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帰りも「こだま」

 帰りも「こだま」に乗っています。疲れたので、ひと休みします。おやすみなさい。zzz

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「こだま」乗車中

 「こだま」に乗っています。たった今、小田原を出ました。あと40分ほどで東京に着きます。

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赤沢森林鉄道に乗ってきました(3)

 列車は森林の中を、時速7キロというゆっくりしたスピードでぐねぐね曲がりながら走っていく。10分ほどで折り返し駅に到着。機関車を先頭に持っていくため、5分停車する。ここで列車を降りて歩いて戻ることも可能だが(ここで降りても料金は変わらない。なお、ここからは乗車することはできない。)、雨が降っていたので、そのまま列車で戻ることにする。折り返し駅で多くの人が降り、帰りはガラガラ。座席の向きは自由に変えることができるので、進行方向に変えて座る。線路沿いの遊歩道では、散策客が手を振っていた。


 最後に、今回の旅行で撮った写真をアップします。

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←(左)急カーブを曲がる列車、(右)折り返し駅にて

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赤沢森林鉄道に乗ってきました(2)

 森林鉄道の廃止から10年余りが経った1987年、上松町の赤沢に森林鉄道が復活しました。観光用のこの森林鉄道は、全長が約1.1キロ、ゴールデンウィークから11月上旬まで、土・日・祝・ゴールデンウィーク・夏休みに30分間隔で運行されます。説明が長くなりましたが、昨日、この赤沢森林鉄道に乗ってきました。


 赤沢は、上松の中心部から約15キロ離れている。ところどころ、車のすれ違いができない区間もある。中心部からおよそ30分、入口の駐車場で600円払って車を停める。雨が降っているにもかかわらず、駐車場には意外と多くの車が停まっている。観光バスもやってきた。

 満員で乗れなくなると困るので、先に森林鉄道の駅まで行って、木でできた切符を購入。1人700円で、往復乗車することができる(片道料金の設定はない)。次の便は11:00発なので、売店や森林鉄道記念館で時間をつぶす。

 発車時刻が近づいてきた。予想通り、待合室にはたくさんの客がいる。定員(80人)をオーバーしたため、次の便に回される人も出た。やってきた列車は、小さなディーゼル機関車が5両の客車を引っ張る6両編成。客車に屋根はついているが、窓はない。激しい雨のときは、ビニールを降ろして、車内が濡れるのを防ぐようになっている。座席は105あるため、全員座ることができる。

 列車はゆっくりと駅を発車した。(続く)

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赤沢森林鉄道に乗ってきました(1)

 木曽は、平地が少なく、ほとんどが森林に覆われています。これらの森林からヒノキなどの良質の木材が切り出され、生活に役立ってきました。

 しかし、木材を必要とするのは主として大都市圏です。明治時代までは、木材をそのまま川に流していました。木材を川に流すと、木曽川を通って、名古屋にたどり着くのです。ただ、木材は急流によって傷つきます。しかも、木曽川に水力発電用のダムをつくると、この方法が使えなくなります。

 ちょうどそのとき、木曽路にも鉄道が開通しました。現在のJR中央線です。そこで、駅からさらに山のほうに伸びる森林鉄道が整備されていきました。山々から切り出された木材は、森林鉄道の貨車に載せられて国鉄の駅に行き、そこからは国鉄の鉄道網で全国に運ばれていきます。森林鉄道は、木材のような貨物のみならず、旅客をも運び、地元に貢献してきました。最盛期には、木曽路に400キロ以上の森林鉄道が延びていたようです。

 ところが、時代は鉄道から車に変わっていきました。長く地元の人に愛された森林鉄道も廃止され、木材はトラックによって運ばれることになりました。長野県上松町の森林鉄道も1975年に廃止されました。(続く)

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高遠に行ってきました(3)

 お昼も近くなってきたので、公園を後にし、シャトルバス乗り場の白山橋に行く。帰りは混んでいて、バスに乗るまで15分ほど待たされる。乗ったバスは、JRバス関東の路線バスだ。どうやら、横川-軽井沢間で走っているバスを持ってきたらしい。

 駐車場を出てから伊那市の中心部(高遠も3月に合併して、伊那市の一部となった)までノロノロ運転。伊那北駅のすぐ近くに中華料理店を見つけ、そこで昼にする。選んだのは、伊那にしかないローメン。蒸した麺にマトンとキャベツ、ニンニクを入れた麺料理で、ラーメンタイプ(スープが入っている)と焼そばタイプの2種類ある。入った店は、2つのタイプの中間といったところで、スープはほとんど入っていない。肉はマトンではなく、豚肉が入っている(主人の好みらしい)。

 行きと同じように中央道で往復するのも面白くないので、違った道を通って帰ることにしよう。ちょうどいい道がある。今年2月に開通したばかりの権兵衛峠道路(国道361号線)だ。約4.5キロの権兵衛トンネルを含むこの道路が開通したことにより、冬季でも木曽と伊那とを直接結ぶ道路が確保されたのだ。

 この道路を通るとあっという間に木曽路。朝からのドライブなのでかなり疲れたが、休みながらゆっくりと自宅に戻った。

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