「天空」でChange of mode(3)

 この時間に高野山に行っても遅いので、すぐに折り返しの電車(極楽橋14:12発)に乗る。九度山で途中下車。

 九度山は、関ヶ原の戦いで負けた真田昌之・幸村が流されたところ。大坂冬の陣、夏の陣までの約15年間を九度山で過ごした。真田親子の住んでいたところは、「真田庵」と言われ、寺になっている。

 また、九度山は高野山への入口であった。九度山という地名は、空海が月に九度、九度山に住む母のもとを訪ねたからだと言われている。母の住んでいた慈尊院までは駅から歩いて25分程度。

 帰りは予定より一本早い電車に乗ることができると思ったが、あと少しのところで発車してしまった。次の電車まで40分以上あるので、戻ってゆっくりと散策する。晩御飯も買っておこう。もちろん、ここは柿の葉寿司だ。

 逃した電車は、2300系。橋本以南でしか乗ることができない電車だ。せっかくだから乗っておきたい。時刻表を見ると、次の高野山方面は16:18発。難波方面は16:24発。高野下ですれ違うのだ。16:18発が運よく2300系なら、目標達成だ。高野山方面のホームで待っていると、2300系の2両編成がやってきた。「スルッとKANSAI 3dayチケット」を持っている強みだ、迷わずに転換クロス車に乗った。

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「天空」でChange of mode(0)

 昨日(3日)、「俗世間から精神世界へと『Change of mode』できる乗り物」というコンセプトのもとでつくられた南海の観光列車、「天空」に乗ってきました。

 明日から何回かに分けて、そのときの旅行記を書いていきたいと思います。
(参考:南海ホームページ http://www.nankai.co.jp/company/news/pdf/090327_3.pdf)

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ふるさと納税の寄付額トップは大阪府

 現在の住所とは関係なく、出身地などの自治体に寄付をする「ふるさと納税」という制度があります。この「ふるさと納税」をすれば、一定の算式で、住所地の住民税が軽減されます。さて、「ふるさと納税」で集めた額が一番多かったのはどこでしょうか?

 答えは大阪府。7月7日現在で、個人からの寄付の件数は115件、金額は約710万円です。件数、金額ともに他の都道府県を上回っています(「ふるさと納税」による税収を把握していない神奈川県などは除く)。

 大阪府出身者が他の地域に住む場合、東京や名古屋などのお金のある自治体に住むケースが多いと思われます。出身地の大阪はピンチです。出身地の大阪を想う気持ちが、「ふるさと納税」をさせているのでしょうか?
(参考:Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080729-00000092-san-soci)

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「ひこにゃん」と「たま」(5)

 和歌山で和歌山電鐵に乗り換え。和歌山電鐵の窓口で1日乗車券(650円)を買い求める。貴志まで往復するだけでも、こちらのほうが安い。

 15:56発の伊太祁曽行きは、先月デビューしたばかりの「おもちゃ電車」。海南市のおもちゃ会社、TJホールディングカンパニーがスポンサーになってつくられたこの電車は、従来の概念を覆すもの。カプセル入りのおもちゃが売られていたり、バラエティーに富んだ椅子があったり、ベビーベッドまであったりする。連結機付近には、フィギュアが飾られていた。やはり親子連れが多い。

 終点の伊太祁曽で降り、次の電車が来るまでの間、駅の窓口に行く。事実上のグッズ売り場だ。和歌山電鐵のグッズを買い求める客がちらほらいる。

 次の電車に乗って、終点の貴志へ。ここの駅長は、猫の「たま」。駅の売店で飼われていた猫だ。売店でコーヒー牛乳を買い、狙い通り写真を撮ることもできた。

 「おもちゃ電車」に乗ったら「いちご電車」にも乗りたい。再び伊太祁曽で降り、17:26発(伊太祁曽始発)の「いちご電車」に乗る。伊太祁曽でデビューした時に見たが、実際に乗るのは初めてだ。デビューした時は奇抜に思えた「いちご電車」だが、「おもちゃ電車」に乗った後なので、おとなしく感じだ。

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「ひこにゃん」と「たま」(4)

 大阪で環状線に乗り換え(旧型の103系だった)、天王寺へ。次の快速は、阪和線ホーム4番乗り場から出る。221系の4両編成だ。当然座れるわけがなく、先頭にかぶりつく。

 14:42発の和歌山行きのこの快速、杉本町まで時速60キロ程度のノロノロ運転が続く。ダイヤが乱れているわけでもなんでもない。これが所定のダイヤだ。天王寺を2分遅れで出ても、これなら杉本町までに回復できそうだ。その後も、時々120キロは出すものの、新快速みたいなスピード感は感じられない。ライバルが阪急でないと、JR西日本はやる気を出さないのか? 日根野での分割もなく、終点まで特急に抜かれないのに、和歌山まで1時間もかかった。

 こんなにも時間がかかる原因のひとつは、各停用の車両が古いこと。昼間の快速は、221系か223系が主力だが、それ以外は103系が未だに幅を利かせている。旧型の電車なので、足を引っ張る。それともうひとつは、電車の本数が多いこと。今のように60分パターンの覚えにくいダイヤなら、1時間に6本あってもあまりありがたみはない。それなら、快速を1時間4本にする代わりに、日根野以北は6両以上で統一したほうがいいだろう。また、紀伊と六十谷は通過でよい。両駅に止まるようになってから8年経つが、未だになぜ停車するようになったかわからない。(続く)

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「ひこにゃん」と「たま」(3)

 今日の「ひこにゃん」は大忙し。講堂にいる全員とのツーショット写真を撮るだけで30分かかった。今回は時間がなかったので何もできなかったが(それでも撮影の合間にハワイアンダンスを踊っていた)、余裕があれば、いろいろ芸を見せてくれるらしい。最近は、ビリーズブートキャンプも披露してくれたようだ。

 「ひこにゃん」が姿を見せるのは、1日3回、30分ずつ。時間がきて、「ひこにゃん」は惜しまれつつ退場。「ひこにゃん」を見にきた人も、徐々に減っていく。お城にもう1回入ってから、彦根を後にする。お昼は、新快速の車内で、米原の駅弁「元祖鱒寿し」。米原方面は、ダイヤが乱れているようだったが、反対の大阪方面は定時に発車した。(続く)

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「ひこにゃん」と「たま」(2)

 「国宝・彦根城築城400年祭」が行われる彦根城は、駅を出てまっすぐ10分か15分ほど歩いたところにある。

 この祭が話題になっているのは、キャラクターのおかげ。名前は「ひこにゃん」。江戸時代の初期、彦根のお殿様をお寺に招き入れることにより、雷から殿様を守った猫に、「井伊の赤備え」(井伊家は、全ての武士の武具を、朱色に統一していました。)に因んだ赤い兜をかぶせたのが「ひこにゃん」である。カニとお箸で切れるお肉(近江牛?)が大好きな贅沢なキャラクターだ。名前は公募によって決められた。

 ホームページによれば、「ひこにゃん」は10:30に博物館に登場する。それまで2時間弱ある。「ひこにゃん」を見るだけなら、入場料はいらないが、せっかくここまで来たので、お城と博物館のセット券、1400円を払い、見学する。

 そうこうしているうちに登場時間が近づいた。登場場所の博物館講堂には、子供連れを中心に、たくさんの人が詰め掛けている。10:30、いよいよ「ひこにゃん」の登場だ。(続く)
(参考:国宝・彦根城築城400年祭ホームページ http://www.hikone-400th.jp/hikonyan/profile.php)

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「ひこにゃん」と「たま」(1)

 名古屋から「ムーンライトながら」に乗る。お盆の期間ということもあり、満席だ。そのまま大垣で普通列車に乗り換える。

 ダイヤの都合上、いったんJRで彦根まで行き、そこから近江鉄道に乗って米原に戻る。近江鉄道米原付近の付け替えられた線路に乗るためだ。途中、昨年春に新設されたフジテック前を通る。エレベーターで有名なフジテックの工場の最寄り駅だ。とは言っても、工場が駅の目の前にあるわけではない。結構距離があるように思える。あれなら、「フジテック口」というのが正確なところか? 終点の近江鉄道米原駅の駅舎は仮設だった。

 再びJRに戻る。見慣れない電車が北陸線のホームに止まっている。223系に似たその電車は、北陸用につくられた521系だ。特急はともかく、旧型ばかりの北陸の普通電車の中では、貴重な存在だ。2両と短いこともあり、8:04発の敦賀行きは、満員の乗客を乗せて出発した。(続く)

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「ひこにゃん」と「たま」(0)

 月曜日のことですが、「ひこにゃん」と「たま」、2匹の猫に会ってきました。

 明日から何回かに分けて、そのときの旅行記を書きます。

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お城で挙式、気分は殿様?

 泉州岸和田は「だんじり」で知られた城下町。5万3千石の小さな城下町ですが、大阪府には2つしかない城下町です。関空にも近いので、世界に一番近い城下町でもあります。戦後に復元されたものですが、ちゃんとお城もあります。

 お城は普段、郷土資料館として使われていますが、殿様(岡部家)の武具や美術品を片付けると、お城はあるものに変身します。それは、何と結婚式場。2005年以来、今年の春までに21組がここで式を挙げました。秋の予約もすでに5組入っています。

 岸和田城は別名を「千亀利<ちきり>城」と言います。本丸と二の丸を上から見たら、織機の「ちきり」という部品に似ていることから名づけられました。「千亀利」の音は「(夫婦の)契り」を連想させるので、とても縁起のよいところです。

 これから結婚を考えているカップルには、一生の記念に残る挙式になるかもしれないですね。気分は殿様かお姫様?
(参考:中日新聞7月19日朝刊 12版)

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