南海フェリー乗り場近くにある、沖洲マリンターミナルには15時過ぎに着いた。まだ車はほとんど停まっていない。
ここからシャトルバスに乗って徳島の中心部に行くわけだが、肝心のシャトルバスは16時からの運転。まだ30分以上ある。ここで待っていても仕方がないので、たまたま近くにいた老夫婦と一緒にタクシーで中心部に移動。たった1200円だった。
ちょうど前日に両親が阿波踊りを見に行っていたので、その指示に従って両国本町演舞場の終わりあたりに座席を確保。無料なのに、目の前で座りながら阿波踊りを見ることができる。座席を確保したら、近くの居酒屋で腹ごしらえ(もっとも、阿波踊りが終わってから運転する必要があるため、お酒は飲まない)。祭りが始まる1時間前に演舞場に戻ったが、まだ交通規制は行われず(祭りが始まるまで、車の進入は禁止されない)、目の前を車が行きかう。
18時になった。阿波踊りの始まりだ。いろいろな連が目の前で踊りを披露してくれる。座っているところが演舞場の最後なので、踊りにも熱が入っている。この演舞場、長さが200メートルもあり、「踊り子泣かせ」とも言われるようだが、それを感じさせない踊りだ。連ごとに踊りかたが違うので、ワンパターンにならず、飽きさせない。
2時間半ほど演舞場に座り続けたが、帰ることにする。お土産を買い、今度はシャトルバス(100円)に乗って、マリンターミナルへ。南海フェリーの待合室で時間をつぶし、和歌山に渡る。船の中で寝ていたので、和歌山までの2時間はあっという間だった。
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夕食は阿波池田で郷土料理。事前にインターネットで調べた店に行ったのだが、肝心の郷土料理はそば米ぞうすいぐらい。ほかのメニューを見ると、ごく普通の居酒屋だ。
翌朝、吉野川にへばりついているビジネスホテルを出て、香川県方面に行く。阿波踊りは夕方からなので、時間はある。行ったのは、香川県でも西にある観音寺。琴弾公園の砂浜に描かれた大きな寛永通宝の砂絵だ。この絵が描かれたのは江戸時代初期の1633年。丸亀の殿様が観音寺を視察することを知った地元の人が歓迎の意味を込めて砂浜に絵を描いたのだ。この絵を見た人は、一生お金に不自由しなくなるとか。
お昼はさぬきうどん。池上製麺所に行く。以前よりさらに人気が増しているようである。しかし、近くの民家には観光客の侵入を防ぐためにロープが張られており、物々しい。(続く)
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国道32号から外れ、グネグネとした坂道を上り下りすると、谷あいの小さな村に不釣合いな大きな建物が、川にへばりつくように建っている。全国から「かずら橋」を渡るためにやってくる観光客のための駐車場(+売店、食堂)だ。とても平家が源氏から逃れるためにやってきた秘境とは思えない。
まだ昼を食べていなかったので、でこまわしや祖谷そばでの軽い食事。でこまわしとは、こんにゃくやいも、豆腐などを串に刺してゆず味噌を塗り、囲炉裏端で焼いたもの。祖谷そばは、そば粉をたくさん使っているので、すぐ切れる。
お昼を食べて、メインの「かずら橋」へ。しかし、この秘境のはずの橋が大混雑。渡るまでに20分ぐらいかかったのだろうか? 「かずら橋」では人々のいろいろな姿が見られる。まるでコンクリートの橋のように欄干を持たずにすいすい行く子供、へっぴり腰になる女性、なかには泣いてしまい、一歩も動かなくなる子供。
ここまで来たら、谷底の露天風呂までケーブルカーで行く、祖谷温泉にも入ろうかとも思ったが、道がかなり険しいらしいので断念。1日3往復だが、バスが通るので、それを使ったほうが安全かもしれない。(続く)
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高知では太平洋の新鮮な魚を食べたい。そこで、高知名物の皿鉢料理をオーダー。皿にかつおのたたき、お造りから寿司(かつおのたたきの押し寿司)、果物までいろいろなものが載っている。2人前なので小ぶりな皿のように見えたが、お腹いっぱいに味わうことができた。
翌朝は、ホテルで自転車を借りて山内一豊が建てた高知城へ。城の手前では、NHK大河ドラマに因んで「土佐二十四万石博」が行われているが、朝早いために売店はほとんど開いていない。
時代は進んで、幕末。時代を変革しようとする多くの若者が現れた。土佐にもそのような若者がいた。名は坂本龍馬、武士とは言っても低い身分に生まれた坂本龍馬は、33年という短い生涯の中で、激動の時代を突き進んだ。桂浜から広い太平洋を眺めている彼は、今、どのような気持ちだろうか?(続く)
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旅行に出発した13日は帰省ラッシュの真っ最中。事前の予想通り、中国道も宝塚のトンネルを先頭に20キロ以上の渋滞。近畿道はすいすい通ることができたが、問題は中国道に入って宝塚まで。吹田ジャンクションがやってきた、決断のときだ。とっさの判断で並行して走る一般道に行く。
これが正解。車が全く動かない高速道路を尻目に、すいすいと進む。宝塚から中国道に入ったが、高速道を走ったときに比べて30分ほど節約できたようだ。トンネルまでは渋滞が続くが、いくつかあるトンネルを抜けると、渋滞は解消した。
この宝塚のトンネルは渋滞の名所。これを解消するには、第二名神をつくるしかないだろう。建設費が高いので、京都付近はつくらない、との話があるが、あれは道路関係四公団民営化推進委員の猪瀬直樹氏が関西の現状を知らないだけだろう。京滋バイパスは、あくまでも京都を迂回するだけの効果しかない。
さて、車は瀬戸大橋を通って高知道へ。地図を見ようと高知の手前にある、南国サービスエリアで最後の休憩。南国サービスエリアは、終点に近いこともあって、下り線はレストランもガソリンスタンドもない小さなサービスエリアだが、目に付くものがある。それは、土佐電鉄の新型路面電車、「ハートラム」。ジュースの自動販売機とベンチがある。中の売店では、土佐電鉄のグッズも売られている。ここの売店は、土佐電鉄の経営なのだ。(続く)
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お盆に、高知・徳島に行ってきました。有名な「阿波踊り」もはじめて見ました。明日から何回かに分けて、感想を書きたいと思います。
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阿波踊りを見学した後、深夜のフェリーで和歌山に渡り、岸和田の実家に到着しています。フェリーの中、途中のサービスエリアで仮眠はしてるのですが、眠たいです。
今回の旅行の感想については、後日まとめます。
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今日は大阪から瀬戸大橋経由で高知までやってきました。中国道の宝塚辺りは予想通り大渋滞でしたが、何とか抜けることが出来ました。今晩は高知の美味しい魚を食べ、明日に備えます。
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最後に、池上製麺所の写真をアップします。崩れそうな建物が製麺所で、隣の白いテントが食べるスペースです。
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国道438号を山のほうに走る。温暖な四国なのにもかかわらず、雪が舞い始め、気付くと道の両脇に雪が残っている。国道を外れ、集落の中の細い道をたどると、「谷川米穀店」が見つかる。店の周りに車を止めているからだ。川沿いに少し下ると店だが、看板の類はない。
「谷川米穀店」は当然ながら米屋だが、なぜか昼間の2時間だけは1杯105円でうどんを食べることができる。ここの名物は青とうがらしの佃煮風。ねぎ、しょうゆ、酢とともにかき混ぜると変わった味が楽しめる。ただし、青とうがらしの入れすぎには要注意。
最後に訪れたのが「山内うどん」。山の中にぽつんと立っているうどん屋に、なぜか多くの人が訪れる。最寄のJR黒川駅から歩いて15分ほどで行くことができるのだが、停まる列車は少ない。
ここのうどんは、いわゆる「エッジの立ったうどん」。寒いが、コシを味わいたいので、「ひやあつ」(冷たいうどんに熱いだしをかける)にする。リッチに天ぷらをつけても、1人前300円程度で済む。麺を冷たいものにしたおかげで、独特のコシのある麺を味わうことができた。
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さぬきうどんをたくさん食べようと思ったら、朝が勝負。昼を過ぎたら閉まる店も結構多いので、朝食からうどんにするのがコツだ。ということで、朝食はさぬきうどん。ホテルで自転車を借りて(注)、7:30から開いている「さか枝」に行く。県庁に近く、出勤途中のサラリーマンが新聞片手にうどんを食べている。
ホテルにいったん戻り、車で「かまたま」で有名な「山越」に行く。9:00オープンの店だが、8:45に着いたときには、もうすでに営業を始めていた。ここ「山越」は、もとは小さな製麺所だったらしいが、「かまたま」が大ヒットして、大きな店になった。田んぼをつぶして駐車場をつくり、今回来たときには前回(2003年)にはなかった、庭園みたいな休憩所ができている。
また高松に戻る。無駄の多いルートだが、営業時間を考えるとやむを得ない。次の店は、おばあちゃんがつくる、「池上製麺所」だ。スーパーの脇の、車1台がやっと通ることのできるような細い道を通ると、今にも崩れそうな建物がある。看板はない。それが「池上製麺所」だ。駐車できるスペースはなく、近くの河原に止めるらしい。
「山越」のように立派になったわけではなく、本当に昔ながらの製麺所。10:00オープンなのにもかかわらず、すでに5人ほど待っている客がいるにもかかわらず、実際にオープンしたのは15分遅れ。茹でたての麺に生卵(近くの農家からの、産みたての卵らしい)を割って食べる。本当においしい。食べているうちに、どんどん客がやってきた。普通では、存在していることすらわからないようなこの製麺所に。
店を車で出るころ、名物おばあちゃんが現れた。(続く)
(注) 平地なので、自転車でも走りやすい。前の日の夕方、アーケード街を通ったが、自転車通勤の人もたくさんいた。地方では車社会のため閉まっていることの多いアーケードも、開いている店が多く、活気があったのは嬉しい限りだ。
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すでに当Weblogに書き込んでいるので御存知の方も多いとは思いますが、年末にさぬきうどんを食べに行ってきました。
明日からそのときの旅行記をここに書こうと思っています。
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「食後の運動」ということで、こんぴらさんに行って来ました。
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名古屋から高速に乗って、高松に来ています(この記事は、ホテルのロビーのパソコンで書いています)。晩は高松名物の「一鶴」の骨付鳥。スパイシーでガーリックなので、ビールがすすみます。
明日は朝からさぬきうどんめぐりです。
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最終日は雨。東萩からバスに乗って秋芳洞に行く。このバスも「周遊きっぷ」で乗ることができる。途中、カルスト台地の秋吉台を通る。
東萩を出て1時間少々で秋芳洞バスセンターに着く。バスセンターのコインロッカーに荷物を預けて秋芳洞に出発。秋芳洞は総延長10キロの大きな洞窟で(公開されているのは1キロ程度)、自然がつくりあげた「芸術」には驚かされる。しかし、観光客でにぎわい、スケールが大きいため、「洞窟探検」の気分を味わうことはできない。そういう気分を味わいたいなら、秋吉台のほかの小さな洞窟に行ったほうがいいだろう。
秋吉台の出口からバスで再び戻り、昼食。7年前に行ったときの食堂はつぶれていて、違う店で昼にする。今日のメニューは、ここの郷土料理の「かっぱそば」。鉄板の上にわさびそばを敷き、その上に肉や錦糸玉子、きゅうりなどを載せている。これを特製のつゆにつけて食べるのだ。
明日はカレンダーどおり仕事なので、そろそろ戻らないといけない。バスで新山口に行き、そこで土産を買い込んで名古屋に戻った。2人での旅行の割には、ちょっとハードスケジュールだったかな?
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東萩からJRとバスを乗り継いで、仙崎へ。仙崎へはJRもあるが、1日6往復では話にならない(もっとも、東萩-長門市間の山陰線も1日11往復しかないが)。ただ、長門市-仙崎間はバスの便が充実していて、1時間に2、3本ほどある。運賃も160円と安く、便利だ。
仙崎に着いたら、もう13時過ぎ。先に昼を食べる。人気のウニ釜飯の店に行ったが、30分ほど待たされる。ウニ釜飯とウニイクラ丼で仙崎の海の幸を味わう。ウニは仙崎の近くで取れるらしい。
仙崎の北に浮かんでいるのが青海島。実はこの島、日本海側で3番目に大きい島らしい。意外な話だ。この青海島の北の海岸は、日本海の荒波に洗われ、「海上アルプス」とも言われる変化に富んだ地形を見せている。青海島を一周する観光船に乗って、海上から眺める。なお、この観光船、鯨の形をしていて(昔、青海島は捕鯨が盛んであった)、御丁寧に潮を吹くこともできる。
仙崎の港に戻る。仙崎は、大正末期から昭和初期にかけて活躍した童謡詩人、金子みすヾの生まれ育ったところである。彼女は若くして自殺したためにその後長い間忘れられ、「幻の童謡詩人」と言われた。しかし、彼女のつくった詩が発見されると、急に評価されるようになり、今では多くの人に知られた存在になっている。実家の跡には経営していた書店が復元され、記念館となっている。(続く)
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2日目は萩から。連泊する民宿で自転車を借りて、市内観光に出発。
海岸を自転車で走り、萩城跡へ。萩は、関ヶ原の合戦で負け、大幅に領土を削られた毛利氏がつくった城下町。幕末に城を山口に移すまでの約260年間、ここ萩に城があったのだ。建物自体は明治初期に取り壊され、今は何も残っていない。
長州は明治維新をリードした藩である。明治維新で活躍した人の家も残っている。市内の中心部にある、高杉晋作と木戸孝允の旧宅を訪れた。内部まで公開されている木戸孝允の旧宅は観光客で賑わっている。
中心部を抜け、JRの線路を渡ると、神社がある。この神社の中に、明治維新につながる大きな流れをつくった建物がある。名は松下村塾、吉田松陰の塾だ。誰でも知っているところだが、建物は驚くほど小さい。しかし、その果たした役割は大きい。先ほど述べた高杉晋作や木戸孝允たちも、この塾で学んだのだ。(続く)
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行きの新幹線の切符が取れなかったので、ブルートレインで行くことにした。座席ではなく、寝台列車に乗るのは何年ぶりのことだろうか? 切符は発売開始翌日の朝でも買うことができた。
乗る列車は「はやぶさ・富士」、名古屋では1日1本しか運転されていない九州行きのブルートレインだ。しかし、列車には食堂車やロビーカーといった設備はなく、乗ったら寝るしかない。一度検札で起こされたが、いつもとは違い横になることができたので、いつもよりは寝ることができた。しかし、夜行初体験の妻にとっては、厳しいものだったようだ。
新山口に定時に到着したが、接続する列車は1時間以上後の「スーパーおき2号」。ただ、自由席が1両しかないので、発車30分前でも並んでいる人がいる。私たちは座ることができたが、発車ギリギリで新幹線から乗り継いだ人たちは、もちろん座れない。指定席も満席のようだ。津和野で降りたときも、立っている人は多かった。
駅でボランティアガイドから地図をもらい、散策に出発。鯉の泳ぐ掘割を通り、森鷗外の旧宅・記念館、太鼓谷稲成神社などを回る。昼は郷土料理の「うずめ飯」、汁気の多い御飯の中にしいたけやかまぼこなどの具が入っている。
駅に戻るとちょうどSL「やまぐち号」の発車時間、益田方面に行くので乗ることはできないが、記念写真は撮っておく。今度はSLにも乗せたいものだ。
津和野から萩に行くにはバスのほうが速くて便利だが、「周遊きっぷ」では使えないため、益田経由で行く。しかし、益田での接続が悪く、1時間待たされる。駅前にお菓子屋があったので、旅行のお土産を買ってきた。「鶏卵饅頭」という、カステラ生地の饅頭、ちょっとハイカラかな?(続く)
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すでにこのWeblogでも書いている通り、ゴールデンウィークの前半は、萩・津和野に行ってきました。
萩・津和野にはすでに7年前に行き、旅行記(「山陰・山口の旅」)も書いているので、今回は新たな旅行記はつくらず、Weblog上で明日から感想を書くことにします。
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午前中に秋芳洞を見て、新幹線で名古屋に戻ってきました。
今回の旅行の感想については、後で書くことにします。
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午前中は萩市内を自転車で回り、午後はJRとバスを乗り継いで仙崎に行きました。今晩も萩の宿に泊まります。
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津和野から萩に行く途中です。列車の接続が悪く、途中の益田で約1時間の接続待ちです。駅前の和菓子屋さんでお菓子を買いました。
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ただいま名古屋駅。これから夜行に乗って西に向かいます。寝台は久しぶりです。
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