中国地方のローカル線の現状を見る(3)

 3日目の15日は米子駅6:00発のバスで広島に行く。日本交通のバスで、夜行仕様の3列シート。10人ほどが乗っている。広島までの通常運賃は3900円(大塚駅までなら3800円)だが、「WEB片道割引」が適用されたので2500円で済む。1日目とは逆に米子駅から山陰道に向かうが、最寄りの米子中インターチェンジには西側への入口がないので、山陰道に沿って西に走り、次の米子西インターチェンジから高速道路に入る。山陰道、松江道、中国道と2時間弱走り続け、ようやく江の川パーキングエリアで10分間の休憩をとる。かなり広島に近づいたところで休憩をとるのは、松江道の休憩施設が乏しいからなのか? とは言っても、江の川パーキングエリアはトイレと自販機しかない(売店は短時間のみの営業)。広島道広島西風新都インターチェンジで高速道路を出て、物を落としたらどこまでも転がっていきそうな坂を下り、谷底にあたる大塚駅で下車。所定より15分ほど早く到着した。

 高速バス停留所の大塚駅は、アストラムの駅が近くにあるが、もうひとつ先が終点の広域公園前なので、そこまで歩く。10分余り歩いて到着。バスが予定よりも早く着いたため、アストラムは予定より2本早い広域公園前9:10発に乗ることができた。アストラムは新交通システムの長所である、勾配への強さを武器に坂を降りていく。広域公園前を出た時点ではガラガラだったが、中心部に向かうのでだんだん乗ってくる。アストラムは広域公園前を出てからずっと高架を走っていたが、新白島で地下に潜る。JRとの接続駅でもある、その新白島からは各駅ごとに降りていき、県庁前でごそっと降りた。

 終点の本通で階段を上がるとバス停がある。目の前をバスや路面電車がひっきりなしに通る。広島から呉には鉄道のほか、高速バスもある。広島の中心部から発着し、日中でも1時間に3本ある。米子からの高速バスが予定よりも早く着いたので、呉へのバスも予定より早くなり、本通り9:57発に乗ることができた。この呉へのバスは広島電鉄と中国ジェイアールバスの共同運行だが、乗ったのはジェイアール中国バス。観光バスタイプでトイレはない。ICカードは使える。広島市内でこまめに停まって客を乗せるが、中心部以外では乗るのはなく、10人弱で呉に向かう。バスは広島呉道路を通り、長いトンネルを抜けたらいきなり呉市街が現れる。40分ほどで呉駅前に到着した。

 呉は戦前、海軍の拠点として栄え、今も海上自衛隊のあるところである。ショッピングセンターを抜けて、「てつのくじら館」(海上自衛隊呉史料館)に行く。何を展示しているか、予備知識なしに訪れたが、掃海(機雷)除去と潜水艦についての博物館だった。かつて使われていた潜水艦(「あきしお」)が展示され、見ることができる。「てつのくじら館」を出たらちょうどお昼になったので、呉に因んだ料理としてカレーにする。海上自衛隊でも使われている鉄板の食器にカレーのほか、鯨のカツ、肉じゃがなどが載っていた。海上自衛隊の艦船のを再現したものらしい。スタンプラリーもやっていて、訪れた店の数に応じて景品がもらえる。昼からは「大和ミュージアム」(呉市海事歴史科学館)に行く。映画のためにつくられた大和の1/10の模型のほか、呉が海軍の拠点として選ばれてからの歴史を詳しく紹介している。1時間半あれば企画展も含めて十分見ることができると思っていたら、思ったよりも時間がかかり、後半は急ぎ足。というより、正直言ってちらっと見ただけ。かなり時間に余裕を持たせたほうがよいだろう。

 呉駅に戻り、今度はJRで行く。呉線の日中のダイヤは、快速が1時間に2本、普通が1本という珍しいもの。快速のほうが多いのだ。呉15:14発の快速「安芸路ライナー」に乗る。広始発で、227系の3両編成。意外なことにワンマン運転である。広島近郊は「ICOCA」が使えるので、運転士は集札をしなくてよい。第一、運賃箱すらない。都市型のワンマンなのだ。呉を出た時点で座席がほぼ埋まり、立っている人もいる。呉線は本数が多いのに、単線である。ところどころで交換待ちもある。複線が望ましいが、線路が海と山に挟まれ余裕がないのだろう。途中の停車駅で乗ってくる人がいるが、海田市で降りる人がいる。海田市で降りるのか、後続の普通に乗るのか、乗り換えなのかはわからない。

 広島から乗ったのは、16:01発の緑井行き。227系の2両編成。こちらはワンマンではない。芸備線からの接続を取り、2分ほど遅れて出発。その後も接続待ちや交換待ちで、遅れは増えていく。新白島や横川で増え、ドア付近はかなり混む。しかし、座席のあたりまで入って立つ人はいない。奥まで入って来ないのだ。クロスシートによく見られるものだが、ロングシートでも奥に入らない現象はあるので、座席を減らして扉付近の立席を増やすのが最善というべきか。可部線に入ると、各駅で降りていく。それにしても可部線はJRらしくない。家が線路の近くまで迫り、駅はコンパクト、構内踏切もたくさんある。元々が私鉄だったので当然と言えばそうなのだが、227系のような転換クロスシートではなく、トイレなしのロングシートのほうが似合う。もっとも、そのロングシートを可部線に限定せず、ある程度の距離を走るほかの線区にも使ってしまう危険性があるので、万能の227系のほうが問題なく使えるのであろう。各駅で降りていったので、緑井に着いたときにはガラガラになっていた。終点のあき亀山に行くのが可部線に乗った目的なので、後続の緑井16:37発に乗る。115系の4両編成で、黄色に塗られている。国鉄型車両だが後期の2000番台で、座席はセミクロスシートから転換クロスシートに変えられている。外観はともかく、中身はリニューアルされている。こちらは終点まで行くので、緑井止まりよりは混んでいる。可部からは3月に復活した区間。2駅間をゆっくりと走り、あき亀山に16:59に到着。これで未乗区間はなくなった。

 あき亀山は自動券売機と自動改札があるだけの無人駅。駐輪場と送迎用スペースがあるだけで、店の類は全くない。バスも乗り入れず、駅の近くの人しか利用できない。少し前に記事にしたが、延伸区間の利用者数が想定を下回っている。この状況ではやむを得ないところか。再び乗ってきた列車で折り返すのはおもしろくないので、可部まで歩くことにする。近道をしようとして住宅地に迷い込むこともあったが、25分ほどで可部に到着した。(続く)

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中国地方のローカル線の現状を見る(2)

 夜明け前の浜田から14日の旅が始まる。浜田から列車に乗るのだが、浜田も早朝夜間は無人駅となる。石見地方の中心であるこの浜田で無人なら、いったいどこが有人になるのか? 浜田から乗った5:20発の普通はキハ47の2両編成、終点の出雲市に着くころには通学にいい時間だからか、ワンマンではない。まだ真っ暗な浜田を出発する。

 明るくなった江津で三江線に乗り換え。セミクロスシートのキハ120を2両つないでいる。前は石見神楽のラッピング、後ろは三江線色の車両だ。ワンマン運行のため、後ろの車両の扉は終点まで開かない。パラパラと6人が乗った。どう考えても三江線の廃止を聞きつけて来た客で、地元の人はいない。列車は川を左に見ながらノロノロと進む。最初に交換することができる石見川本でも、交換する列車に乗っていたのは2人のみ、浜原始発のため少ない。浜原で交換したのには(三次始発のため)15人ほど乗っていた。今乗っている江津からの列車よりも明らかに多い。どちらも5時台に出る列車だが、三次発のほうが乗っているのは、江津よりも三次のほうがホテルなどの施設が充実しているからだろうか?

 浜原まではノロノロと走っていたが、浜原からは線路がよくなったためか、急に速くなる。さすが鉄建公団のつくった区間だ。長い階段を登らないとホームにたどり着くことができないことで有名な宇津井には2分停まる。本来はすぐに発車するのだが、特別に長く停まるのだ。もちろん、本来のダイヤにはない。口羽あたりからは日常的な利用があるためか、乗る人がいて(それまでの日常的な利用者は、石見川本で降りた女子高生など3人ぐらい)、三次到着時点では15人ほどになる。

 次に乗る列車まで3時間半余りあるので、駅を出て左側にある観光案内所で自転車を借りる。4時間までで200円、重たい荷物をかごに入れることができるのも自転車を借りるメリットだ。目指すは市街を見渡すことができる尾関山。途中、三江線の尾関山に寄って、三次まで乗ってきた列車の折り返しとなる、三次10:02発の石見川本行きを見送る。2両編成の列車にぎっしりと40人ぐらいが乗っている。石見川本で1時間半ほど待たないといけないとはいえ、一番時間帯がいいので混むのであろう(ちなみに1時間半ほど待つ石見川本は、ちょうどお昼どきにかかるので、特需を生み出しているものと思われる)。平日の「青春18きっぷ」のない時期でこれだと、休みの「青春18きっぷ」のある時期は恐ろしいことになる。すでに数字に現れており、2016年の時点で三江線の輸送密度は2015年度よりも4割増え、83人にもなっている。廃止の話が出ると起こる現象だが、この調子だと最終年度の2017年度の数字はどうなるのだろうか? お昼は名物のワニの刺身、ワニとはサメのことである。もちろん、海に住んでいる。それなのにこんな海から離れているところの名物になっているのは、サメが日持ちするからだ。サメにはアンモニアがあり、保存の技術がなかった時代でも三次まで持ってくることができたからなのだ。サメを食べるのはもちろん初めてだが、少し筋があると感じたくらいで、特にくせはない。三次13:01発の備後落合行きに乗る。備後落合まで行くのは、三次6:55発の始発以来、2本目。ロングシートのキハ120が1両で走るが、トイレはついている。三次を出た時点では4人だけだったが、塩町(福塩線からの接続はない)や備後庄原から乗る客がいて、8人になる。そこからは若干減り、備後落合到着時には5人だった。

 14時台の備後落合は新見、三次、宍道からの列車が集まり、また去っていくゴールデンタイム。しかし、木次線は月1回の保守の日。日中は列車が走らず、バスで代行輸送を行う。代行バスは駅前から出る。しばらくしてジャンボタクシーがやってきた。タクシー会社の運転士のほかにJRの係員も乗っていて、行き先を告げて乗る。8人しか乗ることのできないジャンボタクシーに6人乗る。定刻になり代行バスは国道を走るが、はっきり言って鉄道より代行バスのほうが速い。所定のダイヤより早く到着して、時間調整をする。おろちループで徐行する余裕がある。係員が駅を見回して、乗る人がいないのを確認してから発車する。ただし、途中駅では少し早目に来て乗る意思を見せておいたほうがよさそうだ。なお、出雲横田から三井野原までは路線バスが1日6往復している(平日の場合)。備後落合まで伸ばしたら、鉄道の代わりになりそうだ。大体25キロ制限のある鉄道を無理に存続させる経済的かつ社会的意義はすでになく、ましてや民間企業のJRに押し付けることはできない。それなりに需要があれば第三セクターで残せばいいが、それでも無理なくらいの需要ならバスでコストを抑えたほうがよい。鉄道には新幹線のような高速輸送か、大都市圏の通勤鉄道のような大量輸送を担わせるのが適当で、わざわざ不得意なローカル輸送をさせる必要はない。話を元に戻す。代行バスは各駅で時間調整をするため、駅を見学する余裕がある。鉄道に乗ることができないのは残念だが、代行バスもまた楽しからずや、といったところか。三井野原で親子連れが降りた以外動きなく、残り4人が終点の出雲横田まで乗る。律義にメーターが回り、出雲横田に着いた時点では6.5万円余りとなっていた。

 出雲横田からはキハ120、木次色が1両で走る。ロングシートだ。出雲横田を出た時点では5人乗っていた。次の亀嵩はそばで有名な駅、電話で予約すればホームまで配達してくれるが、何回かけても電話がつながらない。臨時休業だったようだ。どこか忘れたが途中の駅で場違いとも言えるようなスーツ姿のビジネスマンが乗ってきて、客数が少し増える。拠点駅の木次(ここから本数が増える)で18分停車する。停車中に乗客が10人に増える。出雲大東でも8人ほどだが高校生が乗ってくる。

 宍道で乗り換え。今日の最後の列車、普通米子行きは向かいの2番線からの発車。本来の1番線ではない。1番線に入ってきたのは何と「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」。実物を見るのは初めてだ。食堂車では優雅に食事を楽しんでいる。宍道17:40発の米子行きはキハ47の2両編成。夕方のラッシュ時のため、車掌も乗っている。ボックスシートも満席ではないが埋まっていて、ロングシート部分にも座っている人が多い。松江で通勤帰りのサラリーマンなどがたくさん乗り込み、立っている人が多くなった。しかし、駅に停まるごとにだんだん減っていき、米子では宍道を出たときの状態に戻る。泊まったのは駅前のホテル。パソコンを持ち込まなくても、特別料金なしで客室でもインターネットが使えるのは便利だ。旅先だとインターネットで調べることも難しくなるからだ。(続く)
(参考:JR西日本ホームページ http://www.westjr.co.jp/company/info/issue/data/pdf/data2017_08.pdf)

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中国地方のローカル線の現状を見る(0)

 9月12日の深夜から17日にかけて中国地方に出かけてきました。2018年3月で廃止される三江線など、中国地方のローカル線の現状を見てきました。

 明日から何回かに分けて、そのときの様子を書いていきます。

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片上鉄道に乗る

 4月2日のことですが、片上鉄道に乗ってきました。


 かつて片上鉄道という鉄道があった。柵原鉱山から出た硫化鉄を運ぶ目的でつくられ(1931年全線開通)、貨物や旅客を運んできたが、肝心の鉱山がなくなり、1991年に廃止された。現役時代には乗ることはなかったが、終点に近い吉ヶ原付近が整備され、片上鉄道保存会によって毎月第一日曜日は乗ることができる。翌日は仕事がある日曜日なので行きづらいところだが、このままだと行かず仕舞いになってしまうので、今回行くことにした。

 行きは夜行バスにしてもよかったが、思い立ったときにはすでに満席で予約できず、前日(1日)の夕方から「青春18きっぷ」で西に向かう。相生駅前のホテルに泊まった。相生の駅は本当に新幹線が停まるのか、と思えるような小さい駅。駅を出てすぐのホテルに泊まる。5階だったので目線が新幹線のホームだった。時折通る貨物列車の音が子守唄か。

 相生5:49発の岡山行きに乗る。真っ黄色に塗られた115系の3両編成だが、車内は転換クロスシートに改造されている。相生を出た時点で2人掛けシートに1人ずつ座っている程度の混み具合。岡山近郊で乗るのかと思ったがそうではなく、立つ人もいるが、詰めれば全員座ることができるぐらいだ。

 岡山からは路線バスの乗り継ぎ。まず駅前のバスターミナルから、宇野バスの7:21発ネオポリス東6丁目行きに乗る。朝に都心から離れる便のため、バスには5人程度しか乗っていない。時折乗降が見られる。赤磐市に入り、パークアンドバスライドのある新道穂崎で乗り換え。宇野バスでは「ICOCA」は使えないので現金で払う。340円と結構安い。

 新道穂崎から乗るのは7:55発の赤磐市広域路線バス林野駅行き。かつては宇野バスが林野まで走っていたが、今は一部を除いて途中止まりとなり、先のほうは市のバスに委ねている。新道穂崎での接続時間は4分しかないが、バス停の掲示によれば、遅れた場合でも接続を取るようだ。時間になってワゴン車がやってくる。新道穂崎で降りた3人とここで合流した友人の4人が乗る。途中での乗り降りの動きはあるが、始発から乗った4人は変わらない。赤磐市をようやく抜け、美咲町に入ったところにある高下で、その4人が全員降りる。

 中鉄北部バスのバス停は宇野バス(赤磐市広域路線バスも含む)のバス停から少し歩いたところにある。事前に知っておかないとわからない。定刻(8:58)になって津山方面からバスがやってきて、4人とも乗車。時折細い旧道に入りながら15分ほど走り、吉ヶ原で4人とも降りた。かつて片上鉄道の駅があったところだ。

 片上鉄道保存会による展示運転の始発は10時、まだ45分ほどある。時間があるなら、先になぜ柵原に鉄道が来たのかを勉強しておこう。すぐ近くの柵原鉱山資料館に行く。ここで鉱山のほか、片上鉄道についても勉強しておく。気がついたら始発の10時を過ぎていた。

 駅に戻って300円で「一日会員証」を買い求める。これが展示運転の一日乗車券となっている。乗客として片上鉄道の保存に貢献しているということだそうだ。10:35発の黄福柵原行きに乗る。黄福柵原は展示運転開始後に線路を伸ばしてつくった駅である。現役時代にはなかった駅である。吉ヶ原10:35発は2両編成。前にある、1953年製につくられた片上鉄道オリジナルの車両、キハ312に乗る。黄福柵原でしばらく停まった後、吉ヶ原に向けて走り出す。帰りに乗ったのは、2両編成のもう1両、1936年製のキハ702。背の低いセミクロスシートであることは同じだが、こちらは3扉(キハ312は2扉)。吉ヶ原に戻った後も、黄福柵原との間を何往復もする。

 そうこうしているうちにお昼になった。吉ヶ原で販売している弁当にしようかとも思ったが、売り切れ。しかし、たまごかけごはんの店が歩いて7〜8分のところにあるようなので、そこに行くことにする。たまごかけごはんは岡山県美咲町出身の明治を代表するジャーナリスト、岸田吟香が広めたと言われている。これを6種類のタレで食べるのだ。注文したたまごかけごはん定食には黄ニラ水餃子もあるが、黄ニラは鉱山跡の坑道内で光を浴びずに育てられたものである。天気がいいのか、サイクリングの客が目立つ。

 吉ヶ原を後にする。時刻表を見る限りでは吉ヶ原を通るバスは中鉄北部バスだけだが、実は中鉄北部バス以外にもあるようだ。コミュニティバスの類や津山まなびの鉄道館のバスもあるようなので、事前に調べてから行ったほうがよさそうだ。私たちは予定通り、吉ヶ原14:23発の高下行きに乗る。3人が乗車。このまま15分ほどで高下に着くが、接続のバスは1時間以上後。周囲には中華料理屋が1軒あるのみ。橋を渡って20分ほど、赤磐市の周匝<すさい>いうところに行く。ここは旧吉井町の中心だったところで、今日は日曜なので使えないが、平日と土曜は和気へのバスも出ている。ここ周匝にはスーパーもあり、買い物もできる。廃線跡らしきものも見つかった。

 周匝からは宇野バスに乗る。周匝15:40発の林野駅行きは10分あまり遅れてやってきた。終点の林野駅では駅から少し離れた、いつつぶれてもおかしくないような車庫で降ろされる。JRの駅に行く。林野は簡易委託で、事務室には旅行会社が入っている。人気がないので日曜は終日無人かと思ったら、駅員が出てきた。駅の周りには開いている店は全くなく、土産を買うことができない。美作市の代表駅とは思えない状況だ。改札を通ってホームに行く。交換設備が撤去され、1番線のみ。

 林野16:52発の佐用行きはキハ120の1両編成。ただし座席は埋まっていて途中まで座ることができなかった。それだけの需要があるわけではなく、単に「青春18きっぷ」のシーズンだからかもしれない。佐用で乗り換え。同じ1両編成だが、キハ120からキハ122に変わる。姫新線の改良時に投入された、転換クロスシートの車両だ。車両にステップがなく、ホームもかさ上げされている。線路も改良されたようで、カーブでもすいすい走る。播磨新宮でまた乗り換え。同じキハ122だが、今度は2両編成。座席が増えてようやく座ることができる。姫路に近いので客もだんだん増え、再び立つ人も出てくる。

 このまま新快速などを乗り継いで名古屋まで帰ってもよかったが、それでは到着がかなり遅くなってしまう。「青春18きっぷ」を捨てて新幹線に乗る。「エクスプレス予約」で検索したところ、「さくら」と「のぞみ」の乗り継ぎが指示されたので、それにする。10分あまりの乗り継ぎの時間で夕食の駅弁とお土産を買い、ここで友人と別れて「さくら562号」に乗る。九州新幹線用のN700系だが、JR九州の車両である。4列シートの車両に15分しか乗ることができないのは残念だ。新神戸で「のぞみ184号」に乗り換え。臨時列車のため、古い700系だった。
(参考:「たまごかけごはんの店 〜らん〜」でもらったチラシ)

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水陸両用の飛行機で瀬戸内海上空を遊覧飛行

 尾道市に本社がある、せとうちSEAPLANESという会社(ツネイシホールディングスの関連会社)が、水陸両用の飛行機で瀬戸内海上空を遊覧飛行する事業を始めることになりました。

 遊覧飛行に使う飛行機は、アメリカの航空機メーカーの小型機を水陸両用に改造したもの。機体の長さは約10メートル、翼の幅は約13メートルで、9人の乗客を乗せて約500キロを飛行することができます。すでに4日に遊覧飛行に使用する飛行機のうち1機が尾道市のマリーナに到着しています(1機約4億円で、今後、3機追加導入する予定です)。

 せとうちSEAPLANESは、マリーナを起点に宮島や小豆島、しまなみ海道など、瀬戸内海の上空を回る4つのコースを計画しています。20分と40分のコースがあります。料金は未定です。4月の営業開始を目指して、国交省に事業の認可申請を行っています。国交省によれば、水陸両用の飛行機を使った本格的な遊覧飛行が認可されれば、国内初となるようです(水陸両用機を使った事業自体は約50年前までありました。大阪を拠点に愛媛県や和歌山県に運航していたようです)。

 せとうちSEAPLANESは、国内外の富裕層の利用を目指しています。夏には、チャーター運航も考えているようです。
(参考:NHKホームページ http://www.nhk.or.jp/hiroshima-news/20160104/4690321.html、YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/local/hiroshima/news/20160104-OYTNT50216.html、産経ニュース http://www.sankei.com/region/news/160105/rgn1601050050-n1.html)

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道後温泉本館、2017年の国体終了後に改修へ

 道後温泉のシンボル、道後温泉本館。しかし、道後温泉本館は約120年前の1894年に建設され、老朽化対策や耐震化が必要とされています。

 そこで、松山市は2017年の愛媛国体終了後に道後温泉本館の改修工事を行うことを明らかにしました。しかし、工事には10年以上かかります。そのため、代替施設として改築する椿の湯を国体までに完成させ、本館と椿の湯の2つで国体期間に対応する考えのようです。

 それにしても本館の改修には10年以上もかかるのは、意外です。この機会にいろいろ手直しするのでしょうか? ともかく、今の本館の雰囲気を損なわないように改修することを希望するのみです。
(参考:愛媛新聞ONLINE http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20130413/news20130413704.html)

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宮島に入るのに税金

 安芸の宮島といえば、誰もが知っている名所。世界遺産の厳島神社があり、毎年多くの観光客が訪れています。今年の初詣で訪れた方もいるかもしれません。

 宮島の地元、廿日市市は、その宮島の文化財や環境を保護するため、新たな税金をつくることを考えています。税金の徴収方法や税額、課税対象者の範囲などの問題点は4月から検討するようですが、対岸の宮島口などからのフェリーの運賃に上乗せする方法も考えられているようです。宮島に行くには、対岸からのフェリーに乗るしかありませんから、徴収漏れはありません。昨年の宮島の観光客は約300万人なので、1人当たりたった10円を徴収するだけで、3000万円の税収になり、一般会計の予算規模が約400億円の廿日市市にとっては、それなりのお金になります。

 このようなタイプの税金は、すでに沖縄の伊是名<いぜな>村で導入されています。2005年度から導入された「環境協力税」がそれで、入島1回当たり100円です。
(参考:Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071231-00000009-maip-soci)

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マンガ喫茶に泊まる旅行プラン

 行き帰りの乗り物と宿がセットになったフリープランはよく見かけます。しかし、このプランの宿は、何とマンガ喫茶です。

 この旅行プランを企画したのは、琴平バス。大阪から琴平までの往復高速バスに、マンガ喫茶での宿泊をつけて1泊2日で8800円(東京からのプランもあり、こちらは往復車中泊で、1泊4日となります)。マンガ喫茶にはお風呂やシャワーの設備がないので、温泉旅館で使える入浴割引券がついています。

 旅費の節約のため、夜行列車や夜行バスにはよく乗りましたが、マンガ喫茶で泊まったことはないです。マンガ喫茶でも抵抗なく泊まることのできる、若い人向けのプランですね。琴平バスのホームページでは、「ビジネスプランの決定版」としていますが、ビジネスではちゃんとしたホテルに泊まりたいです。
(参考:琴平バスホームページ http://www.kotobus.com/package/business/index.html)

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高知・徳島に行ってきました(5)

 南海フェリー乗り場近くにある、沖洲マリンターミナルには15時過ぎに着いた。まだ車はほとんど停まっていない。

 ここからシャトルバスに乗って徳島の中心部に行くわけだが、肝心のシャトルバスは16時からの運転。まだ30分以上ある。ここで待っていても仕方がないので、たまたま近くにいた老夫婦と一緒にタクシーで中心部に移動。たった1200円だった。

 ちょうど前日に両親が阿波踊りを見に行っていたので、その指示に従って両国本町演舞場の終わりあたりに座席を確保。無料なのに、目の前で座りながら阿波踊りを見ることができる。座席を確保したら、近くの居酒屋で腹ごしらえ(もっとも、阿波踊りが終わってから運転する必要があるため、お酒は飲まない)。祭りが始まる1時間前に演舞場に戻ったが、まだ交通規制は行われず(祭りが始まるまで、車の進入は禁止されない)、目の前を車が行きかう。

 18時になった。阿波踊りの始まりだ。いろいろな連が目の前で踊りを披露してくれる。座っているところが演舞場の最後なので、踊りにも熱が入っている。この演舞場、長さが200メートルもあり、「踊り子泣かせ」とも言われるようだが、それを感じさせない踊りだ。連ごとに踊りかたが違うので、ワンパターンにならず、飽きさせない。

 2時間半ほど演舞場に座り続けたが、帰ることにする。お土産を買い、今度はシャトルバス(100円)に乗って、マリンターミナルへ。南海フェリーの待合室で時間をつぶし、和歌山に渡る。船の中で寝ていたので、和歌山までの2時間はあっという間だった。

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高知・徳島に行ってきました(4)

 夕食は阿波池田で郷土料理。事前にインターネットで調べた店に行ったのだが、肝心の郷土料理はそば米ぞうすいぐらい。ほかのメニューを見ると、ごく普通の居酒屋だ。

 翌朝、吉野川にへばりついているビジネスホテルを出て、香川県方面に行く。阿波踊りは夕方からなので、時間はある。行ったのは、香川県でも西にある観音寺。琴弾公園の砂浜に描かれた大きな寛永通宝の砂絵だ。この絵が描かれたのは江戸時代初期の1633年。丸亀の殿様が観音寺を視察することを知った地元の人が歓迎の意味を込めて砂浜に絵を描いたのだ。この絵を見た人は、一生お金に不自由しなくなるとか。

 お昼はさぬきうどん。池上製麺所に行く。以前よりさらに人気が増しているようである。しかし、近くの民家には観光客の侵入を防ぐためにロープが張られており、物々しい。(続く)

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