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北陸新幹線金沢延長で、長野新幹線の利用者7割増

 東京から北陸に行くには、(1)ほくほく線経由 (2)航空機 (3)米原経由 の3つが考えられます(時間よりも低価格が武器のバスは考えに入れていません)。現時点(2008年度)での1日当たりの利用者はそれぞれ5500人、8000人、4000人です。鉄道と航空機が激しい競争を繰り広げている状態です。

 しかし、北陸新幹線が金沢まで伸びると、この競争状態は一変します。延長された北陸新幹線に集中することになります。ほくほく線は単なるローカル線になり、航空機は壊滅的な打撃を受けます。名古屋からの需要のある米原経由は残るでしょうが、東京からの需要は減るでしょう。東京から使われるのは敦賀までで、福井でさえ北陸新幹線を利用する人がかなり出るでしょう。JR東日本・JR西日本が東京-福井間を北陸新幹線経由で結ぶ格安切符をつくり、駅で積極的にアピールすることは十分に予想されます。

 JR東日本も、同じように考えています。JR東日本長野支社の久保田支社長が長野市内で行われた会合で説明した話によれば、北陸新幹線金沢延長により、現在「長野新幹線」として開通している区間の利用者が、1日当たり25000人(高崎-軽井沢間、2008年度の数字)から7割増えると予想しています。この増加する需要にこたえるため、現在8両で運行されている新幹線を12両にしたり、増発したりすることを考えているようです。北陸新幹線金沢延長後は、金沢まで行くのが1時間に1~2本、これに1時間に1本ぐらい長野止まりの便が加わるのではないでしょうか?

 この予測が悪い方向に裏切られるとは考えにくく、堅実なものと考えられます。少なくとも、新幹線だけを見れば、バラ色の世界が待っていると言えるでしょう。
(参考:信濃毎日新聞ホームページ http://www.shinmai.co.jp/news/20100122/KT100121ATI090011000022.htm)

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阪堺、堺市内の存廃は秋にも判断

 竹山堺市長は22日、阪堺の親会社である南海に、LRT計画の中止を正式に申し入れました(昨年の11月の申し入れは、どうやら正式なものではなかったようです)。南海もこの申し入れを了承したため、先進的だった堺のLRT計画は完全に消えてしまいました。

 そうなると問題は、堺を南北に走る阪堺線の存在。阪堺線の堺市内区間(我孫子道以南)は、毎年2億円以上の赤字を出している区間です。すでに7年前の2003年に堺市に対して廃止の申し入れをしています。その後、堺市が堺東-堺間のLRT建設と阪堺線の大幅な改良(「公有民営化」を含む)を表明したため、廃止を見送っていました。LRT(+阪堺線の改良)は、瀕死の状態の阪堺線を救う唯一といってもいい策だったのです。

 ところが、竹山市長がLRTの案を完全に否定しました。LRTは消えてしまったのです。残った阪堺線については市長も存続させたいと考えていますが、LRTを超える積極的なものはないでしょう。赤字を堺市が全額かぶれば残してもらえるかもしれませんが、南海本線など南北に走る鉄道は充実しています。わざわざ阪堺線に税金を投入して残す意味はないでしょう。(LRTの建設によって)堺の弱点であった東西の軸をつくるからこそ、多額の税金を投ずる価値があったのです。

 そうこうしている間にも、赤字の額は増えていきます。LRTの計画があった間は、将来的な展望があるとして待つことができましたが、そのような見込みがなくなった現状では、待つことはできません。阪堺は、堺市に対して今年度中にある程度の支援策を打ち出すことを求めていますが、堺市の反応は鈍いです。新たな支援策は秋にならないと出ないようです。そして、その秋には、阪堺側が堺市内の存廃について判断します。そこまでに具体的で残すだけの価値がある支援策を打ち出さない限り、堺から路面電車が消えてしまうのです。堺市民が路面電車を追い出してしまったのです。

 話は変わりますが、先日、浜寺駅前から大小路まで阪堺に乗り、そこから歩いて堺東に向かいました。最初は大小路からはバスにしようかとも思いましたが、停留所3つで210円(昼間・休日用の「なんかいバスカード」を持っているので、実質的な負担は3割ほど低いのですが)は少々高く、結局歩くことにしたのです。大小路から堺東までは少々ゆっくり歩いて12分、そう遠くはありません。大小路には同じように歩いている人も時折見られました。しかし、世の中健康な人ばかりではありません。難波ほど魅力があればともかく、わざわざ歩いて堺東に向かおうとはしないでしょう。LRTができれば結果は違ったのでしょうが、計画が中止になったことで堺東は選択肢から外れたのです。こうやって堺の衛星都市化がますます進むことでしょう。
(参考:MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100123/biz1001230701001-n1.htm)

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JR貨物は単なる「被害者」

 JR沼津駅付近を高架化する計画があります。これに伴い、駅付近にある車両基地や貨物駅は郊外に移転します。ところが、その貨物駅の移転問題で、一部住民から強い反対が出ています。用地買収も進んでいません。

 そのような状況の中、川勝静岡県知事は、12日、沼津市内のホテルで講演を行いました。その講演の中で、県知事は、JRが取り扱う貨物が少ないことから、貨物駅の移設に否定的な考えを示しました。JR貨物が駅の移設に関し何もしていないことを強く批判しています。貨物駅も高架になるわけではありません。ただ単純に、沼津から貨物駅をなくすのです。

 沼津駅の高架化事態に反対する声もありますが、ここではそこまでは触れないことにします。しかし、県知事から強い批判を受けたJR貨物は、高架化によって駅から追い出されるから移転するだけなのです。単なる「被害者」なのです。JR貨物としては代替措置として近くに貨物駅をつくってもらうのは当然のことでしょう。県知事がJR貨物を批判するのは筋違いの話です。
(参考:毎日jp http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20100113ddlk22010180000c.html)

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どちらもひと駅手前なのはもったいない?

 福岡市営地下鉄の箱崎線は、終点の貝塚で西鉄貝塚線と接続します。福岡市営地下鉄も西鉄も軌間は同じで、電気も架線から取ります。どちらも直流の1500Vです。直通できそうな感じもしますが、そうではありません。貝塚での乗り換えを余儀なくされます。

 このような不便な事態を解消するため、かなり前から福岡市営地下鉄と西鉄との直通運転が検討されてきましたが、なかなか進んでいません。しかし、福岡市は、天神もしくは中洲川端から三苫まで、3両編成の電車による直通運転を考えています。

 三苫は貝塚線の終点、西鉄新宮の一つ手前の駅。西鉄新宮のみが福岡市から外れ(糟屋郡新宮町)、福岡市単独では決められない事情があるのでしょうが、中途半端ですね。反対側についても、ひと駅伸ばせば、九州一の繁華街、天神。中洲川端とはアピール度が全然違います。3両編成という短い編成のため、姪浜方面への延長は難しいでしょうが、天神までのひと駅ぐらいは伸ばしてもよいでしょう。どちらもひと駅手前なのがもったいないという感はあります。

 西鉄貝塚線は、西鉄新宮以遠が廃止になる2007年まで、宮地岳線と名乗っていました。貝塚で乗り換えを余儀なくされ、古い電車がのんびりと走っているような路線だったため、JRとの競争に負けたのですが、(JRでは決してまねのすることのできない)天神に直通できていたならば、結果は変わっていたかもしれません。

(追記)
 西鉄貝塚線と福岡市営地下鉄箱崎線との直通運転について、福岡市は収支予測と費用対効果の試算から、直通は難しいとの見解をまとめました。
(参考:YOMIURI ONLINE http://kyushu.yomiuri.co.jp/keizai/detail/20100114-OYS1T00165.htm、Googleホームページ http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=0r&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4SUNC_jaJP355JP355&q=%e8%a5%bf%e9%89%84%e8%b2%9d%e5%a1%9a%e7%b7%9a&gs_upl=0l0l0l4505lllllllllll0&aqi=g-r4#sclient=psy-ab&hl=ja&rlz=1T4SUNC_jaJP355JP355&tbm=nws&source=hp&q=%E8%A5%BF%E9%89%84%E8%B2%9D%E5%A1%9A%E7%B7%9A%E3%80%80%E7%9B%B4%E9%80%9A&pbx=1&oq=%E8%A5%BF%E9%89%84%E8%B2%9D%E5%A1%9A%E7%B7%9A%E3%80%80%E7%9B%B4%E9%80%9A&aq=f&aqi=&aql=&gs_sm=e&gs_upl=80251l88665l1l89325l21l15l0l0l0l3l257l2373l1.9.5l15l0&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.,cf.osb&fp=bc046ea922404830&biw=1290&bih=747)

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キハ58系は2011年3月引退

 かつては全国各地で、急行列車からローカル列車まで活躍していたキハ58系。今では、イベント用のものを除けば、高山線が最後の舞台です。その高山線のキハ58に、先日乗ってましたが、来年の3月に引退することになりました。

 もともとキハ58は、富山市の社会実験の増発による車両不足を補うため引退が延ばされただけで、期限の来年3月で引退するのは既定路線でした(社会実験後も、使いやすいように増発してくれればよいのですが)。でも、富山市のホームページで紹介されているのが驚きです。とても市のホームページとは思えません。キハ58目当てに富山に訪れる鉄道ファンを狙っているのでしょうか? 私がそうであったように、飲食や宿泊でお金を落としてくれますから。
(参考:富山市都市整備部交通政策課 http://www.takayamasen.com/kiha/)

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最後の「パノラマカー」タイプ車両、引退

 名鉄7700系は、当時の看板列車、「パノラマカー」(「7000系」)と連結して使うことのできるように、1973年に登場した車両。展望室はないものの、転換クロスシートなどの客室設備は「パノラマカー」の7000系などと合わせていました。7000系は2008年に定期列車からは引退しましたが(イベント用としても昨年引退)、7700系は貫通式で、2両でも使えることもあり、そのまま三河線でワンマン運転用の車両として使われてきました。

 しかし、「パノラマカー」7000系と同様、老朽化が進んでいるのは事実。名鉄にしては登場してからまだ40年も経っていないためそう古くないように感じるのですが、部品の交換が難しくなっているようです。そこで、2月下旬(26日の予定です)に定期運行を終えることになりました。その後、3月21日に「さよなら運転」が行われ、「パノラマカー」タイプの車両はすべて消えてしまいます。

 10年ほど前は本線でもかなり古い車両が走っていました。支線に行けば戦前の車両(「いもむし」の3400系、1937年登場)も走っていました。しかし、ここ数年でガラリと変わってしまい、良く言えば都会的、悪く言えば平凡な車両ばかりになってしまいました。味のある車両は消えてしまったのです。良くも悪くも、普通の鉄道会社になったというところなのでしょうか?
(参考:asahi.com http://mytown.asahi.com/aichi/news.php?k_id=24000001001180010)

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鉄道博物館に行ってきました(6)

 ニューシャトルで大宮に戻り(この時点で「PASMO」も残額がなくなった。これで首都圏以外では使えない「PASMO」を手数料を払わずに払い戻すことができる)、大宮15:30発の湘南新宿ライン特別快速小田原行きに乗る。実はこれに乗って西に向かうパターン、かなり接続がよい。名古屋まで接続が10分以上となるのは、小田原の13分のみだ。しかもその小田原でも、夕食の駅弁(「たいめし」)を買う時間に充てることができる。非常に効率的だ。小田原からの普通(17:25発)は、珍しい211系セミクロス車。心配していた熱海での乗り換えも、(熱海からの電車が)6両のため楽に座れる。

 熱海から乗ったこの電車、浜松まで行くのだが、静岡で乗り換え。「ホームライナー浜松1号」が停まっている。乗るには310円を払わないといけないが、これに乗れば名古屋に着く時間が45分近く早くなる。当然、乗車。乗車整理券は、「ICOCA」で払う。ホームライナーは、静岡から近い焼津を除いて、それ以外の市の中心駅には停まる。座席カバーのポケットに乗車整理券を挟んでおけば、検札では何も言われない。停車駅が少ないので、かなり速く感じる。

 さて、終点の浜松が近づいた。実はこの列車、終点の浜松でそのまま普通豊橋行きとなる。ここからは、乗車整理券がいらないので、多くの客が乗り込み、席は大体埋まった。

 豊橋からは313系の特別快速。ここまで来ると、日常の光景。今回の訪問記も、ここで終わりとなる。

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鉄道博物館に行ってきました(5)

 次は「ラーニングホール」。ここで鉄道車両の動く仕組みなどをわかりやすく説明してくれる。今さらながらハッと気づかされる場面もあった。1階には駅の業務などを体験できるコーナーもある。今回はしなかったが、グループで来るとおもしろそうだ。

 再び「ヒストリーゾーン」に行き、(時間がなくて)見ていなかったところを見ていたら、もう14時。開館から4時間が過ぎている。そろそろお昼にして出なければならない時間だ。昼は、鉄道博物館らしく、食堂車を運営している会社の食堂で食べることにする。入口近くの「日本食堂」だ。「日本食堂」は、国鉄時代、新幹線や特急などで食堂車を運営していた会社(国鉄の分割民営化により、日本食堂もJRの営業エリアに合わせて分社を行い、最終的にはJR東日本部分が「日本レストランエンタプライズ」となった)。従業員の賄い食である「ハチクマライス」にしようとも思ったが、直前で売り切れてしまったので、食堂車の代表的なメニューであったビーフシチューにする。セルフサービス方式なので、先に注文し、代金を払ってから(「ICOCA」でも支払可)、空いている席に座る。ただ、ビーフシチューの肉はかなり硬いように感じられた。2000円以上もした食堂車時代とは異なり、950円と相対的には安いからか?(続く)

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鉄道博物館に行ってきました(4)

 そうこうしているうちに時間になったので、「ミニ運転列車」乗り場に行く。「ICOCA」で200円払い、順番に並ぶ。JR東日本で活躍している車両(ただし、かなりデフォルメしている)に乗ることができるが、車両の選択はできない。私が指定されたのは「スーパービュー踊り子」の251系。少し前の車両なので、マスコンとブレーキが別々になっている。こちらのほうが運転はおもしろい。

 係員から一通りの説明を聞いて出発。制限速度は、スピードメーターに表示されるので、それに従って進めばよい。でも、電車の運転で一番難しいのは、駅にピタリと停めること。途中、3つ駅があるので試してみたが、うまくいかなかった。一周したところで、「ミニ運転列車」は終了。もっとやってみたかった。

 「ミニ運転列車」は鉄道博物館でも北のほうにあるので、「ミニシャトル」で博物館に戻る。「はやて」の格好をした「ミニシャトル」だが、結構遅く、歩いたほうが速い。(続く)

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鉄道博物館に行ってきました(3)

 10時になった。開館の時間だ。早速「ICOCA」で入館料を支払。まず最初にすることは、「ミニ運転列車」の予約。「ミニ運転列車」の予約は正面エスカレーターの前で行われる。私が並んだときにはすでに長い行列ができていたが、何とか11:30の部を予約することができた。

 「ミニ運転列車」までの時間は右側にある「ヒストリーゾーン」にて過ごす。日本の鉄道を代表した車両(実物)が30以上も展示されている。JR東日本の施設のため、東日本の車両が多いように感じられるが、さすがに0系は別格。昨年秋に追加で展示されることになった。0系は「ヒストリーゾーン」から離れた、別の部屋にある。本来は、200系ではなく、0系を「ヒストリーゾーン」に入れるべきかもしれないが。(続く)

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鉄道博物館に行ってきました(2)

 時間調整のため、中央線に乗る。東京6:07発の中央特快に乗る。E233系に乗るのはこれがはじめて。当初は八王子まで行く予定だったが、「ムーンライトながら」が遅れたため、立川で降りる。

 立川からは、「ホリデー快速むさしの」。115系スカ色6両編成。ボックスシートを占領できたため、ちょうどよい朝食タイム。さて、中央線から乗ったはずのこの電車、トンネルに入り、気がついたら武蔵野線を走っていた。武蔵野線ではいくつかの駅に停まり、西浦和の構内で左に折れる。これが大宮に向かう貨物線だ。しばらくは高架を走っていたものの、またトンネルに入り、地上に出たときには東北線に並行していた。

 まだ時間があるので、もう少し寄り道。ただ、鞄が重いので、大宮のニューシャトル乗り場の近くにあるコインロッカーに預ける。持っていた「PASMO」で決済でき、しかも鍵はない。自動で掛かる仕組みになっている。開けるときは支払いに使った「PASMO」を使うのだ。便利なものだ。

 高崎線で上尾に行き、そこから8:32発のバス(朝日バス)に乗って、ニューシャトルの羽貫に向かう。2人しか乗っていない。途中乗降が全くないまま、羽貫に到着。バスの運賃は200円。「バス共通カード」の残額は140円なので、足らない分は「PASMO」で払う。これで7月までしか使えない、「バス共通カード」を消化することができた。

 ここまで来たら、ニューシャトル終点の内宿までひと駅。ニューシャトルに乗る機会はそうない(前に一度だけ乗ったことがあるが、10年以上前のことである)。線路沿いの道を歩く。10分足らずで、内宿に到着。9:00発の電車に乗る。ニューシャトルは上越新幹線に沿って走っている。その新幹線にどんどん抜かれていく。こちらは単線をゆっくり進むので、何かローカル線の雰囲気がある。東北新幹線との合流点近くにある丸山からは複線になり、ニューシャトルが新幹線を挟み込むかたちで進んでいく。最初は空いていた電車も、だんだんと客を乗せていく。今日(11日)の目的地、鉄道博物館で下車。開館まで30分あるのに、すでに長い行列ができていた。(続く)

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鉄道博物館に行ってきました(1)

 「ムーンライトながら」に乗るには、大阪20:30発の新快速に乗ればいいのだが、これだと米原の1分での乗り換えが心配だ。そこで、一本早い20:15発の新快速に乗り、終点の野洲で快速に乗り換えることにした。これだと、米原には21:49に着く。新快速より4分早く着くのだ。米原では階段の登り降りを伴う乗り換え。階段を上がると、名古屋方面の電車に乗る人(荷物の量から考えると、名古屋近辺で降りる人が多そうだ)が予想外に多く、あわてる。豊橋行きの新快速に座ったころ、大阪方面からの新快速がやってきた。

 今日の宿は「ムーンライトながら」。よくお世話になった列車だが、臨時になってからは初めて。車両は定期時代の373系から189系に代わっている。イラスト入りのマークがあった定期時代とは異なり、ヘッドマークはただ単に「快速」と書いているだけだ。車内に入るが、どうやら大きなリニューアルはなされていないようだ。トイレは和式だし、洗面所の蛇口も昔ながらのレバー式。押し続けないと戻るタイプで、朝の洗顔のときには困ることになる。

 翌朝4:50ごろに目覚めた。間もなく東京に着く時間。でも、横浜に到着したとのアナウンスもない(「ムーンライトながら」は深夜時間帯の車内放送は行わない。翌朝は横浜から放送が行われる)。しばらく真っ暗な外を見ていたら、とある駅を通過した。「藤沢」。かなり遅れているようだ。東戸塚のあたりでようやくアナウンスがあった。貨物列車の人身事故により、約45分遅れているとのこと。深夜時間帯の放送がないのは(熟睡しやすいため)ありがたいが、こういう遅れが出ているときは放送したほうがよいだろう。終点東京にはこのまま、約45分遅れで着いた。(続く)

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鉄道博物館に行ってきました(0)

 みなさん、おはようございます。

 2007年10月14日に大宮にオープンして以来、人気の鉄道博物館。ようやく11日に訪れることができました。

 明日から何回かに分けて、そのときの訪問記を書きます。

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「10年で伊丹廃止」は可能

 橋下大阪府知事は、伊丹空港について、リニア新幹線とは関係なく、なにわ筋線が開通する、15~20年後に廃止したいと考えているようです。

 以前、伊丹空港について2035年に廃止するという話がありましたが、さすがに悠長すぎました。25年も先では、本当に実現するのかわかりません。橋下知事は関空の着陸料引き下げのため、関空の上下分離(土地を国が所有し、関空会社は運営のみを行う)にも触れていますが、これも妥当なところでしょう。

 橋下知事は、なにわ筋線の建設財源として伊丹空港の売却益を活用するとしていますが、関係者が複雑に絡むため、10年で完成させるのは難しいです。そのため、橋下知事は伊丹空港の廃止時期を10年後ではなく、15~20年後としました。しかし、少なくとも、10年経てば北梅田地区に新駅ができます(駅名は以前にも書きましたが、「大阪」にしたいです)。ここから「はるか」に乗れば、たとえなにわ筋線ができなくても、40分で関空に着くことができます。料金については改善の余地がありますが(JR九州の「2枚きっぷ」みたいに、運賃程度の値段で特急に乗ることのできる格安切符をつくる? あるいは、思い切って「はるか」を特別快速に格下げし、現行車両を「グリーン車」とし、223系クラスの車両を連結する?)、スピードの面についてはそれなりに満足できるでしょう。

 本来、関空ができれば消え去る運命だったにもかかわらず、地元エゴで残ってしまった伊丹空港。大阪の中心部に近いので廃止に反対する人も多いでしょうが、21時で使えなくなり、拡張の余地のない伊丹に固執しても未来はありません。「関空は不便」と呪文のように繰り返す人がいますが、騒音問題が社会問題となった空港とそれに配慮した空港を同列に評価しても意味はありません(そもそも、そういう伊丹に「ペナルティ料金」がないのも問題ですが)。時間が経てば、それだけ「抵抗勢力」にいいようにやられます。なにわ筋線を待つ必要もありません。梅田に関空行きの駅ができればいいのです。伊丹空港の廃止を、スピーディーに、万難を排して実現していただきたいものです。
(参考:Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100106-00000574-san-soci、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100112-00000516-san-soci)

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佐賀県は長崎新幹線フル規格化に反対

 これも備忘録を兼ねて書いているものです。

 九州には来年春に全線開通する九州新幹線(鹿児島ルート)のほかに、長崎ルートがあります。一般的には、前者は「九州新幹線」と言われるのに対して、後者は「長崎新幹線」などと言われています。長崎新幹線はほかの新幹線とは違い、今のところ武雄温泉以西のみを建設し(諫早-長崎間は未着工)、博多-新鳥栖間は九州新幹線に乗り入れ、新鳥栖-武雄温泉間は在来線をそのまま走ります。標準軌の新幹線と狭軌の在来線を直通するため、フリーゲージトレインが導入される計画です。

 しかし、これでは大幅な所要時間の短縮にはつながりません。以前にも書きましたが、強引に停車駅を減らしても、30分も短縮しないのです。しかも、フリーゲージトレインは肝心の新幹線区間であまりスピードが出せないため、山陽新幹線への直通はできません。そこで、長崎県は何を考えているかと言えば、長崎新幹線をフル規格で建設することなのです。これなら、大阪へも「さくら」のような直通列車を出すことができます。新大阪-長崎間の所要時間は3時間30分ぐらいになり、鉄道でも行きやすくなります。同じ新幹線ホームとはいえ博多での乗り換えがいる、フリーゲージトレインはアピール度は大きく異なります。ところが、佐賀県はこれに強く反対しています。
 
 その理由は、新幹線建設に伴い、県の負担が大きくなること。フリーゲージトレインなら、新幹線ができる区間は武雄温泉以西のみなので、県の負担は大きくありません。肥前山口-武雄温泉間の複線化工事の費用があっても、新幹線をつくることに比べればそれほど負担は大きくないでしょう。佐賀から博多なら、今の「かもめ」でも十分便利です。長崎新幹線はお付き合い程度のものなのです。

 参考にした記事にはありませんが、並行在来線の問題が再燃する危険性もあります。武雄温泉-諫早間の建設の際、今まで「かもめ」が停まっていたのに新幹線に無視される鹿島市などから強い反対を受けました。これが蒸し返されるのです。また、これまで長崎線と佐世保線の分岐駅であったため「かもめ」が停まった肥前山口駅には、新幹線の駅はできません。肥前山口駅のある江北町を素通りするのです。いくら分岐駅だから特急が停まっていた肥前山口駅(江北町)でも、新幹線の駅ができないのは町としては大きな問題になるでしょう。

 新幹線をつくるならフル規格のほうがいいですが、お金がかかるのも事実です。ただ、フリーゲージトレインは中途半端ともいえます。所要時間の短縮もそれほどではないですし、現状では(時速300キロが出せないため)山陽新幹線への直通はできません。はっきり言って、長崎新幹線は優先順位の低い新幹線です。厳しい予算の現状では、まず最初に北海道新幹線が札幌まで全線開通し、次に北陸新幹線が大阪まで全線開通する目処が立つまで、様子見でいいでしょう。
(参考:asahi.com http://mytown.asahi.com/saga/news.php?k_id=42000000912280013)

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787系は「きりしま」へ

 記事を書くのが遅くなりましたが、備忘録を兼ねて書きます。

 「リレーつばめ」「有明」は、来年春の九州新幹線開業に伴い、廃止される予定です。そして、これらの列車で使われていた787系は、宮崎と鹿児島中央とを結ぶ、特急「きりしま」に転用されるようです。現在、宮崎は福岡からでさえ、鉄道だと時間がかかり、航空機が使われるところですが、新幹線が開業すると、かなりのスピードアップになります(博多-宮崎間約3時間30分)。「きりしま」は新幹線からの接続特急として機能することでしょう。

 ところで、参考にした記事には、同じく485系を使う特急、「にちりん」「ひゅうが」については触れられていません。いくら大分と宮崎を結ぶ(あるいは宮崎県内の)ローカル特急とはいえ、旧型の485系の置き換えは急がれるはずです。「にちりん」「ひゅうが」についても、「きりしま」と同じく、787系を短編成用に改造して投入するという見かたが妥当なところでしょう。
(参考:YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091229-OYT1T00485.htm)

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JR西日本、地方線区の電車は一色のみに

 国鉄時代は、鉄道車両の塗り分けのパターンはそれほどありませんでした。阪和線などで走る阪和色、関西線(現:大和路線)などで走る春日色でも珍しい部類でした。ところが、JRになってからは各地域ごとにバラエティに富んだ色の塗り分けが出てきました。旧型車両の多いJR西日本は、特にカラフルな車両が多いように感じられました。

 しかし、そのJR西日本は、アーバンネットワーク以外の普通列車車両(約1400両)を8年(鉄道車両は約8年ごとに塗りなおしの時期を迎えます)かけて一色塗りに変えることにしました。当然、塗装の必要のないステンレス車両はこの対象から除かれます。一色塗りにすることにより、作業工程が簡略化され、人件費や塗料代を節約できます。約2000万円の削減効果があるようです。2018年の時点では、221系が地方に転出しつつあると思われますが、国鉄型車両もまだあるでしょう。223系などのステンレス車両が地方線区を埋め尽くすのはまだまだ先なので、(ローカル線用のステンレス車両がそれなりにある)ディーゼルカーはともかく、電車については一色塗りの天下が続きそうです。

 気になる色は、各地域ごとに決まります。電車については、京都地区は抹茶、和歌山地区は青緑、中国地区は黄色、北陸地区(七尾線は除く)は青、七尾線は赤です。それぞれ、和歌山の青緑は「夏の海」、中国の黄色は「瀬戸内海に反射する陽光」というように、地域をイメージした色に塗られます。ディーゼルカーは、地域とは関係なく、朱色に塗られます。

 この話は中国地方が先行したこともあり、中国地方だけかと思っていたら、アーバンネットワーク以外のすべての区間に適用されることになりました。ディーゼルカーは、国鉄時代の色になるようなので、ある意味懐かしさを感じることができるでしょう。しかし、これまで電車については(通勤型以外は)複数の色で塗り分けてきました。このことを考えると、「手抜き」なような気もします。収益源の新幹線やアーバンネットワークでさえ、JR東海やJR東日本とは違って磐石ではありません。しかも、中国地方あたりには第三セクターになっても経営できないようなローカル線がごろごろしています。在来線の特急も高速道路1000円乗り放題の影響を受け、利用が低迷しています。JR西日本の厳しい状況を反映しています。
(参考:YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20100108-OYT1T00861.htm)

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リニア、相模原-甲府間を先行開業か?

 東京(品川)と名古屋を結ぶリニア新幹線。2025年に一気に開業させるものと思っていましたが、どうやら一部区間から先行開業させるようです。

 先行開業させる区間は相模原-甲府間と言われています。この区間にはすでにリニアの実験線があり(2013年度末には実験線が、現在の18.4キロが42.8キロに伸びるようです)、これを活かして営業させるようです。難工事が予想される品川、名古屋の駅(地下40メートル超の大深度地下に建設します)や南アルプスのトンネルを避けると、この区間が浮かび上がってくるのです。相模原-甲府間は直線距離で約70キロありますが、リニアなら10分もかからないようです。

 リニアは今までの鉄道とは大きく違う、異質のものです。そういう点では、試運転を兼ねて一部区間で先行開業させるというのは悪い話ではありません。ここで問題点を見つけ、品川-名古屋間の開業につなげることができます。部分開業なので運営費はともかく、減価償却費や利息の支払いなどを含めた採算は取れないでしょう。しかし、一方では莫大な利益を稼ぐことができる東海道新幹線がありますし、リニアの運行のノウハウという将来に欠かせない資産を手に入れることができます。

 もっとも、相模原-甲府間が楽に建設できるわけではありません。特に相模原に言えることですが、駅には巨額の建設費がかかります。その巨額の建設費を、JR東海は地元に負担させているのです。ここでつまづいたら、何ともなりません。また、相模原-甲府間はJR東日本の中央線と競合します。そことの調整も必要になりますね。

(追記)
 ところが、実際に先行開業できるかどうか検討したところ、相模原-甲府間にも市街地があり、大深度地下でのトンネル工事は長期化が見込まれることが分かりました。結局、相模原-甲府間の先行開業はあきらめ、運行のノウハウを蓄積することはできなくなりました。
(参考:asahi.com http://www.asahi.com/business/update/0108/NGY201001080017.html、http://www.asahi.com/national/update/0930/NGY201109290043.html)

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東海北陸道と「セントラム」とキハ52とキハ58と(8)

 加賀温泉から「サンダーバード24号」でひと駅だけワープ。特急がたくさん通る北陸線では、「青春18きっぷ」でもうまく特急を使えば、速く効率的に行くことができる(もちろん、特急に乗れば、運賃も改めて払う必要があるが)。「サンダーバード24号」は、683系4000番台の新車だった。

 次の芦原温泉でまた普通に乗り換え。芦原温泉始発の敦賀行き(12:42発)に乗る。419系の3両編成。結局、今回の北陸旅行では、北陸線の普通列車は413系か419系にしか乗っていないことになった。一番多くある、急行型車両には一度も乗らなかったのだ。橋上駅舎から離れた、一番後ろの車両でボックスシートを占領したが、それも福井まで。福井から乗る人が多かったのだ。福井からなら、普通でも1回の乗り換えで大阪まで行くことができるので、時間がかかっても良いならば選択の余地があるのだろう。北陸トンネルを過ぎると、アナウンスがあり、車内の電気が消える。交流から直流になったのだ。北陸もここで終わり。車両も次の敦賀で新快速の223系になる。

 敦賀で30分弱の待ち合わせの間に、お土産を買い足し、ついでに「オレンジカード」を買っておく。意外なことに、「オレンジカード」を売っている駅は少ない。有人駅ならどこでも買えると思っていたが、加賀温泉や芦原温泉という特急停車駅ですら買うことができなかったのだ。

 敦賀を出たときは4両編成で、2人掛けの転換クロスにひとりずつ座るぐらいだった新快速。ところが、近江今津で8両になり、近江舞子から快速運転をはじめると、乗客が増えてくる。アグレッシブな走りを見せるいつもの新快速に近づいていった。

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東海北陸道と「セントラム」とキハ52とキハ58と(7)

 加賀温泉はもともと作見という小さな駅だったが、1970年に山中温泉など点在する温泉へのターミナルとして特急が集約して停まるようになった。そのためか、JRの駅としては珍しい2面4線の配置となっている。駅前には、昔ながらの商店街というものはなく、郊外型のショッピングセンターがある。加賀温泉に特急が停まる直前の1968年10月の時刻表を見ると、特急が大聖寺・動橋<いぶりはし>・小松と停まり、急行がそれに加えて粟津にも停まっていた。大聖寺-小松間は、作見を除いて各駅に急行が停まっていたのである。かつては、大聖寺などからローカル私鉄で温泉に向かったのである。

 当然ながら、今はそんなものはない。8:45発のバスに乗って、山中温泉に向かう。もともと乗客は4人と少なかったが、山代温泉などを経由しているうちにだんだん降りていく。いよいよ私ひとりだけかとなったとき、高齢の女性が各停留所から何人かずつ乗り込んでくる。温泉旅館の清掃係なのだろうか?

 山中温泉で降り、付近を散策。途中、カニ汁を売っているところがあったので、200円払って朝のおやつとする。ここ山中温泉は料理人、道場六三郎の出身地。その道場氏が監修しているものらしい。

 北陸の温泉地には、「総湯」といわれる、共同浴場がある。山中温泉の場合は、菊の湯だ。昔からの浴場は男湯のみで、女湯は隣の建物に共同浴場がある。菊の湯は真ん中に深い浴槽があるだけの、シンプルなもの。かなり深い浴槽で、お湯の中で歩いている人もいた。

 菊の湯のすぐ近くにバス停があったので、帰りはそこから乗る。乗ったときには車内に3人しかいなかったが、山中温泉で大量に乗り込み、座席は埋まる。(続く)

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東海北陸道と「セントラム」とキハ52とキハ58と(6)

 せっかく富山に来たのだから、早起きして、この3月で廃止になる「北陸」「能登」を見に行く。両方の列車から大きな荷物を持って降りていく。カーテンが引かれていて、中の様子を見ることができない「北陸」はともかく、「能登」は年末の下りにもかかわらず、空席がところどころにある。途中駅で降りたのならいいのだが。

 富山6:34発の福井行きで西に向かう。413系の3両編成。平日の通勤のことを考えると、413系のデッキのない構造は便利なものだろう。富山を出た直後は混んでいたが、高岡などで降り、一旦空いてくる。金沢でもまた乗ってくるが、小松などでだんだん降りていった。松任、小松と後続の特急に抜かれ、加賀温泉に到着。(続く)

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東海北陸道と「セントラム」とキハ52とキハ58と(5)

 糸魚川で乗り換え。すでにホームにはスカ色のキハ52が停まっている。16:41発の平岩行きだ。南小谷まで行かない便なので、ボックスシートをひとりで占領できる。南小谷行きだとそうはいかないだろう。3月のダイヤ改正で消えるキハ52に乗るため、多くの人が訪れるからだ。事実、根知ですれ違ったキハ52は、かなり混んでいるように見えた。落ち着いた雰囲気のキハ52に乗りたいならば、1日2往復と少ないが、途中駅の平岩発着のものを選ぶのも手である。

 糸魚川を出たときはまだ明るかったが、だんだん暗くなっていき、終点の平岩に着くころには真っ暗。雪だけが白く反射している。大糸線では新潟県最南端にある(ただし、平岩-小滝間でいったん長野県に入る)平岩駅は、交換設備が撤去されたため線路1本だけの棒線駅。そのまま同じ列車で折り返す。

 糸魚川で乗り継いだ富山行きは、6分遅れてやってきた。419系の3両編成。多少は追い上げたようだが、それでも終点の富山には3分遅れて着いた。

 高山線で狙うのはキハ58。イベント用の列車以外でキハ58が走るのはここだけだ。キハ58が運転されるのは、平日のみの朝2.5往復(土曜は片道1本、日祝は運休)と、休日も運転される夜の1往復のみだ(いずれも越中八尾-富山間)。キハ58とキハ28のペアで、国鉄色とワインレッドの高岡色の2種類がある。富山19:37発の猪谷行き(キハ120の2両編成)で千里まで行き、キハ58を迎える。

 誰もいない(無人駅なので暖房は入らない)待合室で待つこと13分、猪谷方面から列車がやってきた。越中八尾20:01発の今日最後のキハ58。残念ながら高岡色だったが、キハ58に乗ることができただけでも良しとしなければならない。イベントではなく、いつでも利用できる、普段着姿のキハ58は、ここが最後なのだから。ワンマン改造され、出入り口付近がロングシートになったキハ58で、富山に戻る。(続く)

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東海北陸道と「セントラム」とキハ52とキハ58と(4)

 次の富山15:05発の直江津行きまで時間があるので、LRTの「先輩」にあたる富山ライトレールに乗る。富山駅北から富山ライトレール沿いに歩く。インテック本社前を過ぎると、複線化計画のある区間に入る。道路が拡幅してから複線にするのだ。複線化にするための準備はすでに行われている。富山駅北からの便が少し遅れたためか、奥田中学校前で交換待ちのために待っていた便(奥田中学校前14:35発)に乗ることができた。

 直江津行きは419系の3両編成。寝台車の583系を近郊型に改造した珍車として知られている。国鉄末期に数年持てばいいということで、大きな手を加えずに改造されたが、それから25年、本来の583系時代よりも長い年月が過ぎてしまった。座ればボックスシートとは言えども元特急車だけに快適だが、ドアが元の583系のままの狭いものなので乗降に時間がかかり、旅行者はともかく、地元の利用者の評判はあまり良くない。しかし、どうにもならないローカル線を抱えるJR西日本の財政事情は厳しく、新車に置き換える予算がない(どうしても数少ない予算は特急やアーバンネットワークに振り向けられる)ことから、そのまま走り続けてきた。ところが、521系がこの3月のダイヤ改正で増備されることから、419系が置き換えられる可能性は高いであろう。公式なアナウンスはまだないので、すぐに消えるわけではないが、早めに乗っておいたほうが良い。

 「サンダーバード19号」が遅れた影響で、富山を2分遅れて発車。特急からの乗継などで立っている人もいる。立っている人はしばらくしていなくなったが、年末で旅行者も多いせいなのだろうか、座席は結構埋まっている。(続く)

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東海北陸道と「セントラム」とキハ52とキハ58と(3)

 高岡からは413系(3両編成)で富山へ。高岡12:50発のこの電車は、ところどころで立っている人も見られた。20分弱で到着した富山では、新幹線開業に合わせて駅高架化の工事が行われている。かなり大掛かりな工事のようだ。これに対して、新幹線が来ない高岡では、橋上駅舎建設の工事が行われている。

 富山では23日に開業したばかり(ただし、23日はセレモニーのみ)の「セントラム」に乗る。丸の内と西町の間、約940メートルが新しい区間だ。この新しい区間は、地元富山市が線路などの施設や車両を保有し、富山地鉄が運営している。いわゆる上下分離だ。「セントラム」は環状線を走る新しい路面電車の車両の愛称。町の真ん中の路面電車、という意味なのだろう。

 駅前の路面電車乗り場に行くと、人があふれている。「セントラム」の試乗に来た人たちだ。鉄道ファンよりも家族連れが目立っている。日中は10分間隔で運転されているようだが、しばらくすると電車が来た。2両編成の低床車で、座席はボックスシート主体。富山ライトレールの車両に似ている。北陸新幹線開業とそれに伴う高架化後、直通運転できるように、規格をあわせたのだろう。この新型車両は、富山地鉄ではなく富山市が所有しているため、環状線専用で使われている。従来からある路面電車は、前からある車両が使われる。それほど古くはないものもあれば、かなり古いものもある。

 「セントラム」は反時計回りしかない。丸の内までは既存の線路をたどり、そこから新しい区間に入る。途中にできた停留所はいずれも同じデザインで統一され、屋根もついている。富山駅前など他の停留所も改良してもらいたいところだ(丸の内など、改良工事が行われている停留所もあるが)。西町(停留所の位置の関係で、「セントラム」は停まらない)で既存の線路に合流し、全国鉄軌道の「完乗」を再達成。途中乗り降りがあったが、混雑したまま20分ほどで富山駅前まで戻る。なぜか2台後には、次の「セントラム」の車両が来ていた。(続く)

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東海北陸道と「セントラム」とキハ52とキハ58と(2)

 さて、話をトンネルの手前に戻す。ひるがの高原サービスエリアと城端サービスエリアとの間は約78キロあるが、その間の休憩施設はほぼ中間にある飛騨河合パーキングエリアのみ。一応、松ノ木峠付近と白川郷インター北側にパーキングエリア建設の計画があり、土地も既に確保されている。白川郷インター北側のはなぜかトイレは使える状態になっている。松ノ木峠付近のほうも建物の建設が行われているようだ。東海北陸道だけではなく、最近開通した高速道路は全国的に見ても休憩施設が少ないように見える。ドライバーの安全のことを考えると、ある程度の間隔で休憩施設は必要だ。どちらも早期にオープンしてもらいたい。

 富山平野に出たところにある城端サービスエリアで2度目の休憩。トイレと自動販売機しかないサービスエリア本体ではなく、宿泊施設や温泉まであるハイウェイオアシスのほうに停まる。ここから降車が可能となるが、ここで降りる客はいない。

 北陸道砺波インターで降り、砺波駅に寄った後は、片側2車線の国道156号線を北上。高岡駅前には10分遅れで着いた。(続く)

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東海北陸道と「セントラム」とキハ52とキハ58と(1)

 明けましておめでとうございます。2010年も当blogをよろしくお願いします。


 JRで岐阜まで行き、名鉄岐阜から氷見営業所行きのバスに乗る。名鉄バスセンター始発だが、岐阜まで1時間かかるので、岐阜まで電車で行ったほうがゆっくり家を出ることができる。指定された2号車はガラガラだったので(10人ほどしか乗っていない)、勝手に空いている席に座る。バスは4列シートだが、後にはトイレもついている。運転席横にはICカードリーダーがついているので(ただし、この路線では使えない)、本来は郡上八幡など県内用の車両かもしれない。バスは岐阜に発車時刻(9:00)の5分ほど前に着いたが、2、3分遅れて発車。

 岐阜各務原インターから東海北陸道に入る。少し走ったと思ったら、すぐ長良川サービスエリアで最初の休憩だ。名古屋からだとそうでもないが、岐阜からだとまだ30分しか走っていないので、早く感じる。名古屋・岐阜側の最終乗車地、高速美濃(美濃インターにある)は利用者がいなかったので通過し、氷見に向かう。雪や渋滞による遅れを心配していたが、大丈夫なようだ。美並より北は雪景色だが、路面には積もっていない。

 飛騨清見インターから先は通ったことのない区間。いくつかのトンネルを過ぎ、谷間に強引につくった飛騨河合パーキングエリアを過ぎると、全長10.7キロの飛騨トンネル。掘るのにかなり苦労したトンネルで、ここが貫通して東海北陸道が全線開通したのだ。(続く)

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