越美北線に乗ってきました

 翌日の10日は越美北線に乗ってきました。

 

 名古屋から快速や普通を乗り継いで、米原に到着。久々のJR西日本エリアだ。米原から乗ったのは、9:00発の新快速近江塩津行き。京阪神では高速で飛ばし停車駅も少ない新快速だが、このあたりまで来ると各駅停車になる。長さも12両編成から4両編成に一気に短くなる。空いている座席を見つけて座る。長浜で降りる人が多く、一気に空く。終点の近江塩津で湖西線から来た新快速敦賀行きに乗り、北陸へ。敦賀に行くと新幹線の高架ができつつある。その敦賀で福井行きに乗り換え。521系の2両編成なので座席はほぼ埋まる程度の混み具合になり、立つ人もちらほらいる。

 今日(10日)の目的は、越美北線に乗ること。次の越美北線は福井12:50発なので、このまま福井まで行っても2時間ほど待たされることになる。そこで途中の武生で降りることにする。武生は福井鉄道への乗り換えのときに使ったことはあるが、それ以外で降りるのは初めて。大半の特急が停まる駅であるにもかかわらず、自動改札がないのは意外だ。町中をぶらぶら歩いて、少し早いが昼にする。昼は地元の名物、ボルガライスだ。オムライスの上にとんかつが載った、武生の名物だ。

 武生12:09発の福井行きに乗って福井へ。そして福井からは12:50発の九頭竜湖行きに乗る。キハ120の1両編成、そのキハ120は越前大野に因んだ赤のラッピングがしてある。恐竜の姿が描かれていた。越美北線は列車の本数が極めて少なく、特に終点の九頭竜湖に行くのは1日4本だけ。約3時間40分ぶりの列車なので、ローカル線の割には意外と乗っている。少ないながらもスーツ姿の人もいるぐらいだ。これならお先真っ暗ではなく、適切な投資をすればまだ鉄道として存続する価値もありそうだが、それにはまずJRから分離する必要があるだろう。城端線や氷見線のところでも触れたが、枝線がJRに残る必要はない。JRから切り離し、それなりの運賃にすればいいのだ。JRで残さなければいけないのはむしろ並行在来線のほうだ。少々運賃を上げて、新幹線利用者からももらえば良い。話を元に戻す。途中の駅でポツポツ降りていったが、やはり一番降りるのが多いのは越前大野。一気に降りて車内に残ったのは10人以下になる。途中からは方針が変わったのかトンネルが多くなり、終点の九頭竜湖に着く。雨が激しく、駅からほとんど出ずに折り返しの九頭竜湖14:34発の福井行きに乗る。こちらも越前大野からは乗る客が多い。

 福井でお土産を買い、16:47発の敦賀行きに乗る。夕方の帰宅ラッシュにさしかかっているので4両編成になっているが、それでも座れず、途中までは立つことになる。中には相席を嫌って立っている人もいて、終点の敦賀まで立っている人がいた。全県一学区とは言え、福井から敦賀まで乗り通す高校生が多かったことは意外だった。敦賀からは米原経由の新快速播州赤穂行き。北陸から兵庫県の西の端まで走る長距離ランナーで、米原までは225系の4両編成。最初は2人掛けの座席を占領できるぐらい空いていたがだんだん乗ってきて、米原に着くには立つ人が結構多くなった。米原からは19:05発の新快速豊橋行きに乗るだけだが、発車したのは定刻から20分過ぎた19:25ごろ。しかも、列車が遅れた理由が明らかになったのは発車してから10分も後のことだった。

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ゴールデンウィークは白川郷閉鎖、バスも走らず

 合掌造りの集落で世界遺産にも登録されている、白川郷。年間200万人以上の観光客が訪れる有名な観光地ですが、白川村はこのゴールデンウィークに訪れないように求めています。

 なぜでしょうか? 医療施設が不十分な白川郷に多くの観光客が集まると(大きな病院は高山市内か富山方面にしかないようです)、村内に感染が広がる危険性が高まるからです。緊急事態宣言が全国に拡大された4月19日の日曜日でも、観光客用の駐車場には多いときで約100台の車が止まっていました。このままだとゴールデンウィークにはもっと観光客が集まります。

 そこで白川村は5月2日から6日までの5日間、世界遺産に指定された地区を原則閉鎖扱いとします。観光客用の駐車場を休業し、白川郷を発着するバスを全面運休させます。すでに高山から白川郷を通って金沢、富山、高岡に向かう便は全便運休となっていますが(高岡への便は運行開始が延期されました)、予約なしで乗ることができる、高山と白川郷を結ぶ便も4月29日から5月6日の間、全便運休となります。村内の飲食店や宿泊施設には期間中の営業を取りやめるように要請し、道の駅なども休業します。世界遺産地区への入口には警備員が立ち、訪れた観光客に引き返すように促します。

(追記1)
 緊急事態宣言が5月31日まで延長されたことに伴い、5月31日まで白川村内の観光施設や駐車場の休業を継続することになりました。また、高山-白川郷-牧間の4往復と白川郷-城端-高岡間の「世界遺産バス」(城端発着を含めて6往復)以外は運休します。

(追記2)
 高岡へのバスは8月7日から運行することとなりました。ただし、3往復に減らして走ります。
(参考:NHKホームページ https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200421/k10012399521000.html、中日新聞ホームページ https://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2020042202000060.html、濃飛乗合自動車ホームページ https://www.nouhibus.co.jp/wp_rnw/wp-content/uploads/2020/04/info_2020.04.23-1700.pdf、https://www.nouhibus.co.jp/highwaybus/takaoka/、加越能バスホームページ www.kaetsunou.co.jp/8510/、白川村ホームページ shirakawa-go.org/kankou_info/14943/)

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渋谷ハチ公前の「青ガエル」、大館へ

 渋谷駅のハチ公前広場に置かれている緑の電車は、東急5000系。1954年から1986年まで、東急東横線などで活躍した車両です。緑一色に塗られ、それが愛称の「青ガエル」の由来となっています。東京都渋谷区が東急から譲り受けて、2006年からハチ公前広場に設置しています。

 ところがこの「青ガエル」、大館市に移設されます。渋谷駅周辺の再開発に伴い、ハチ公の生まれ故郷である大館市に移設されるのです。渋谷区と大館市はハチ公が縁で防災協定を結んでいて、渋谷区の給食には大館市でつくられたコメが出ます。その縁で「青ガエル」が大館市に行くことになったのです。車両は無償で大館市に譲渡され、5月下旬から6月上旬にかけてトラックで運び出します。7月から大館市の観光交流施設である「秋田犬の里」の芝生広場で展示されます。休憩場所として使われ、車内ではハチ公や渋谷区、大館市の歴史などを紹介します。

(追記)
 「青ガエル」は新型コロナウイルスの影響で2か月ほど遅れて8月6日、大館駅前の「秋田犬の里」に運ばれました。
(参考:読売新聞オンライン https://www.yomiuri.co.jp/national/20200210-OYT1T50054/、秋田魁新報ホームページ https://www.sakigake.jp/news/article/20200806AK0001/)

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和泉市いずみの国歴史館に行ってきました

 13日のことですが、和泉市にある博物館、和泉市いずみの国歴史館に行ってきました。そのときの訪問記を書いていきます。

 

 近鉄名古屋6:31発の急行で伊勢中川へ。通勤時間帯にさしかかる時間帯の列車のため、途中から通勤通学客が乗ってくる。終点の伊勢中川で前2両を切り離し、残りはそのまま大阪上本町行きの急行に。乗っていた人の多くは向かいの伊勢方面の急行に乗り、車内はガラガラになった。大和八木で降りて次に乗るのは、大阪線のホームから出る京都行きの特急。大阪線と橿原線は大和八木で直交するので直通しにくい構造になっているが、京都方面と伊勢方面を結ぶ連絡線がある。かつては京都から伊勢方面への特急が1時間に1本の割で走っていたが今は本数が減り、貴重な存在だ。9:27発の京都行き特急に乗る。座席は事前にパソコンで予約している。連絡線は結構長く、橿原線に合流するのは次の駅の直前。次の停車駅の大和西大寺で降りるが、2つの路線が平面交差するので、手前でしばらく待たされる。

 次に乗る奈良線の急行(大和西大寺10:02発)まで10分以上あるので、ちょっと駅を探検。「駅ナカ」みたいなところがあるので、そこに立ち寄る。弁当やお惣菜を売っている店があり、帰るときには使えそうだ。立ち呑みができる店もある。「駅ナカ」の奥には、展望デッキ。ポイントを渡って大阪難波や京都に行く列車を眺めることができる。発車時間になったので階段を降り、大阪難波行きの急行に乗る。石切を出たところの車内から見る大阪平野の街並みは絶景だ。

 布施で近鉄を降り、バスに乗る。これから乗るのは大阪バス。東大阪を拠点に高速バスを走らせている会社だが、東大阪市内では路線バスを走らせている。布施駅南口10:40発の近鉄八尾駅行に乗る。大阪府内を走るとは思えない、小さなバス。ICカードは使えず、降車時に現金で払うことになる。バスは1日10往復しかなく、これも大阪府内のバスとは思えない。バスは発車した。最初はセンターラインのある、それなりに幅のある道路を走っていたが、途中からすれ違いに苦労するほどの細い路地に入る。小型のバスでないと無理な区間だ。バスは40分ほどかけて終点の近鉄八尾駅に到着。乗ったときは私1人だけだった客は4人に増えている。

 高架下の店舗でうどんを食べ、近鉄バスに乗る。次に乗るのは近鉄八尾駅前11:40発の藤井寺駅前行き。途中、八尾南駅前を経由する。この系統の本数は多く、平日は日中15分間隔、休日でも日中20分間隔で走っている。ICカードも使える。ただ昼ごろの便なので利用者は少なく、最大でも6人。八尾南はOsaka Metroの駅。八尾市内にある唯一のOsaka Metroの駅だ。地下鉄と言いながら地上にある。しかし発車するとすぐに地下に潜った。天王寺で御堂筋線に乗り換えてなかもずへ。北大阪急行の車両だった。

 南海の中百舌鳥の橋上駅舎では回転寿司の会社がやっているお惣菜、弁当屋があり、お寿司や弁当を安く売っている。セールで鶏の天ぷらの弁当が140円で売られていて、夕食用に買う。コンビニのおにぎりぐらいの値段だ。和泉中央から桃山学院大学のほうに歩く。途中で道に迷って、大学の構内に入ってようやく着いたのが、和泉市いずみの国歴史館。阪和電鉄の特別展をやっているのだ。皆様なら御存じのことだろうが、天王寺と和歌山を結ぶ阪和線は戦前、阪和電鉄という私鉄だった。明治時代に開業した南海と違って人口の少ないところを走るため、スピードに力を入れ、61.3キロある天王寺-和歌山間(駅名は現在のもの)を戦前では国内最速の45分で結んでいた。また、行楽客の誘致や住宅開発にも力を入れ、最終的には黒字化にこぎ着けたが、戦争によって1940年に南海に合併され、最終的には国に買収されたのである。特別展はパンフレット類が多く、昔のものなので小さくて、字が細かいのでじっくりと見ることができなかった。展示物を手に取って見ることができたらかなり時間がかかったのだろうが、さっと眺めるぐらいしかできなかったので、20分程度で見てしまう。ただ、利用者向けに出していた新聞は複製があり、手に取ってみることができたため、記事の内容まで見ることができた。帰りは案内の通りに歩いたら、10分余りで駅に戻ることができた。

 和泉中央は行き止まりの駅だが、バスで泉大津や和泉府中に行くことができる。東ヶ丘をぐるっと回るため少々時間がかかるが、岸和田に行く便もある。泉大津に行くバスは2系統あり、それぞれ30分間隔で出ている。来た道を戻らなくても良いのだ。和泉中央駅14:40発の和泉市役所前経由泉大津駅前行きに乗る。バスは多くても10人ぐらいしか乗っていないが、途中和泉府中駅前を経由するので、途中の停留所では乗る人も降りる人も見られた。30分ほどで終点の泉大津駅前に着き、南海に乗り換える。2扉車の普通で、車端部のボックスシートに座ることができた。

 浜寺公園で降り、阪堺に乗り換える。15:47発の天王寺駅前行きに乗る。最初は4人しか乗っていなかったがだんだん増え、一時的だが立っている人も出てきた。古い車両なので、乗り降りには当然段差があるが、それでも段差は少ない。いくら南海やJRならエレベータはついていると言っても、階段を少し上がれば乗ることができる気楽さは代えがたい。エレベータやエスカレータが全てを解決するわけではないのだ。恵美須町に行きたかったので、我孫子道で乗り換える。降りるときと2回目に乗るときの両方、ICカードでタッチするだけで乗り継ぎ処理は終わる。阪堺は指定された停留所で乗り換えたら、2本乗っても運賃は210円のままなのだ。さて、天王寺駅前行きから恵美須町行きに乗り換えたのはたったの3人、この前のダイヤ改正で恵美須町への運転間隔が24分となったのも仕方がないというべきか。ただ、我孫子道を出てからは乗客は増えていく。天王寺駅前行きみたいなことはないが、大阪の都心部へのフィーダー輸送の役割はあるようだ。もっとも、我孫子道での乗り換え客が少ないということは、堺から引っ張る力がないということだ。堺からなら南海に乗れば速い。阪堺が浜寺駅前から天王寺駅前に行くのをメインにしているのは理にかなっているのだ。

 駅の改良(縮小)工事が行われている恵美須町から日本橋を通って大阪難波に行く。買い物をしてから近鉄に乗り、大阪上本町からは17:38発の伊勢中川行き急行に乗る。前4両が転換クロスシートで、後ろ2両がロングという大阪線では珍しい編成。伊勢中川まで行くので転換クロスシートのほうに乗る。発車10分前に乗ったので転換クロスシートを確保でき、車内でパンや弁当も食べることができた。

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びわ湖疏水船に乗る

 11日のことですが、約70年ぶりに復活したびわ湖疏水船に乗ってきました。

 

 久しく乗っていない路線に乗るため、近鉄名古屋7:11発の急行で津へ。車両は混んでいて、座ることができるようになったのは、江戸橋。三重大の学生が降りる。名古屋から通うと長距離だが、通学定期が驚くほど安いからだろう。週1回乗れば元が取れるぐらいだから、下宿させようとはしないのはある意味当然だ。江戸橋と次の津で大量に降りてガラガラ。津で紀勢線に乗り換え。8:26発の亀山行きに乗る。ロングシートのキハ25の4両編成だ。通学の高校生で混んでいたが、次の一身田で高校生は降りる。大半はすぐに降りたが、一身田では交換待ちで7分停まるので、友達とおしゃべりをしてしばらく待ってから降りるのもいる。出口が混むのでそれを避けるためだろう。

 亀山からはJR西日本のエリアになる。当然乗り換え。加茂方面からのディーゼルカーがキハ120の2両編成でやって来たが、ここで1両を切り離す。加茂側の1両は車庫に引き上げる。残りの1両に乗るのだが、スーツ姿の人もそこそこいて、絶望的なほどのローカル線ではない。柘植で乗り換えたのは草津線。次の草津行きは10:00発と30分ほど先だが、ホームで待つ。来たのは113系の4両編成。中は転換クロスシートにリニューアルされていていいのだが、外は緑一色に塗られていて興ざめ。

 貴生川で信楽高原鐵道に乗り換え。車両は目の前に停まっている。2両編成で前がNHKの朝のドラマの「スカーレット」のラッピング、後ろは土山サービスエリアのラッピングだ。前はロングシート、後ろは転換クロスシートなので、後ろに乗る。2017年製の新しい車両だ。貴生川10:24発の列車は坂を上り続ける。駅は全くなく、ひたすら坂を上り続ける。坂を上ったところで駅がポンポンと現れ、終点の信楽に到着。すぐ折り返しの列車に乗っても良かったが、せっかく信楽まで来たので、1本落として、信楽の町をぶらりと歩く。駅の売店でお土産を買って、次の11:54発貴生川行きに乗る。行きに乗ったのと同じ、「スカーレット」と土山サービスエリアの組み合わせだったので、転換クロスシートの土山サービスエリアのほうに乗った。貴生川のホーム上には「ICOCA」の改札機があったのでここにタッチして、12:21発の草津行きに乗る。柘植から貴生川まで乗ったときと同じ、緑に塗られた113系の4両編成、転換クロスシート。貴生川までと同じように橋上駅舎の駅が続き、駅ごとに客が増えていく。草津からは新快速で石山へ。

 石山寺へは石山から京阪バスが1時間に8本出ているが、歩くことにする。瀬田の唐橋も見て、50分ほどかけて石山寺に着いた。石山寺では参拝するとともに、奥のほうで「石山寺と紫式部展」をやっていたのでそれも見ることにした。紫式部はここ石山寺で月を見て、「源氏物語」のアイデアが浮かんだと言われている。石山寺を出て、京阪に乗る(石山寺14:39発)。石山坂本線だ。石山坂本線は小ぶりな2両編成の列車が10分間隔で出ていて、駅はこまめにある。ごく一部を除いて専用軌道だが、路面電車感覚で利用することができる。ところどころ、無人駅がある。無人駅でもICカードリーダーがあるが、ワンマン運転で、全ての扉が開くので、運転士がチェックしているとは思えない。事実上の「信用乗車方式」なのか?

 三井寺で降り、2、3分ほど歩くと、橋の上で立っているのが何人かいる。ここが本日のメインイベント、びわ湖疏水船の乗り場なのだ。びわ湖疏水は、明治になって首都が移転し寂れた京都の街を復興させるためつくられた運河。発電や物資の輸送に活躍しましたが、戦後すぐに舟運は使われなくなった。これが復活したのは2018年、それからは春と秋の週末を中心に、観光用としての舟が走る。舟は15:50に出るのだが、乗船30分前に来なければならないので、早く来ているのだ。乗船45分前の15:05に扉が開き、建物の中に入る。何の建物かと思っていたら、京都市上下水道局の建物だった。乗船時間の30分前になって、ビデオでの説明が始まる。その後12人乗りの舟に乗り込むが、座席はすでに決まっていて、舟が傾かないよう指示通りに乗り込む。舟は大津を出た。すぐに長いトンネル(出るのに20分かかった)に入るが、男性ガイドの話が面白く、真っ暗なトンネルの中でも飽きることはない。外に出ても疏水から見る景色はいつもと違って新鮮だ。時間通り16:50に終点の蹴上に着いたが、蹴上に着いてもガイドの説明があり、下船場を出たのは17:00のことであった。京都市営地下鉄の東西線(京阪からの乗り入れ車両で、後ろ向きのクロスシートに座った)と烏丸線を乗り継いで京都に行く。

 暗くなった京都からの最終ランナーは高速バス。大阪バスグループの「京都名古屋特急ニュースター号」に乗る。京都駅17:50発の便だ。相席にならない程度の、ほどほどの埋まり具合。旅行の最後に乗る高速バスは遅れることが多く、今回もそうならないか心配したが、今回はスムーズに走り、予定より15分早く終点の愛知県庁前に着いた。

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大鳴門橋に自転車道

 大鳴門橋は淡路島と四国とを結ぶ全長1629メートルの吊り橋。上下2層構造になっていて、上は車道となっています。下は新幹線を通すことができるようになっていますが、本州と淡路島とを結ぶ明石海峡大橋が鉄道に対応していないため、活用することができません。

 そこで出てきた話が、空いている橋の下部に自転車の専用道をつくり、そこに自転車を通す案。兵庫県は2018年5月から徳島県と共同で、橋の下部に自転車道をつくったときの安全性についての調査を行いました。自転車道は幅4メートルでアスファルト塗装をします。両側には高さ2.5メートルの防護柵を取り付けます。鳴門海峡は風が強いので、精密な模型をつくって実験を行いました。その結果、設計風速の1.2倍に当たる秒速87メートルの暴風が吹いても、橋の破壊を起こすような振動はなかったようです。アスファルトなどを敷くことによる重量増加があっても強度に影響しないようです。

 兵庫県は2019年度から自転車道の敷設に向けて設計を行います。これが完成すれば淡路島と四国とは自転車で行き来することができますが、明石海峡大橋を自転車で通ることができない以上、本州と淡路島との間は自転車で行き来することはできません(船を使わないといけません)。

(追記)
 10月1日からは、南あわじ市と鳴門市が共同で、高速バス(淡路交通)のトランクに自転車を載せるサービスを始めます。自転車を載せるサービスを行うのは、淡路島南インターチェンジから小鳴門橋バス停の間。660円の運賃だけで利用できます。バスは平日7便、休日6便を運行し、1便当たりトランクに3台、輪行袋に入れた自転車4台の合わせて7台を運ぶことができます。

 このサービスは半年間続け(その後も続ける予定です)、その費用として南あわじ市、鳴門市は合わせて約15万円を払います。トランクの一部を借りる代金です。
(参考:神戸新聞NEXT https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201909/0012733369.shtml、https://www.kobe-np.co.jp/news/awaji/201910/0012751635.shtml)

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三陸鉄道縦断の旅(3)

 夜行バスの「仙台・新宿号」はJR長町駅東口でも客を乗せたが、平日のためか空いていた。途中、羽生パーキングエリアで休憩し、バスタ新宿には5分ほど早く着いた。夜行バスが次々に到着する。見慣れないバスは旧ツアーバスだろうか? 11日に最初に乗るのは山手線。新宿5:49発に乗る。E235系に乗るのはこれが初めて。その山手線だが、10分間隔ということもあって、5時台とは思えないほど混んでいる。大崎で降りる人が多く(何かあるのだろうか?)、品川までのひと駅だけ座る。

 品川から東海道線で藤沢に行く。最初は空いていたが、だんだん混んでくる。なぜ藤沢に行ったかと言えば、貨物線に乗りたかったからだ。東京にはいくつか貨物線があり、その中の一部は旅客列車も走っている。鶴見と東戸塚の間を北に迂回して走る路線もそのひとつだが、これに乗ろうと思ったら、朝の「ホームライナー」に乗らないといけない(夕方の便は暗くて景色が見えない)。しかも、「踊り子」の車両置き換えが近いうちに行われる影響で、ほかの路線のように「ホームライナー」が特急になるかもしれない。そのため藤沢に来たのだ。藤沢の駅の「ホームライナー」専用の券売機で「ライナー券」を買うが、7:23発の「湘南ライナー6号」は売り切れ、次の「おはようライナー新宿24号」(藤沢7:40発)にする。貴重な2階建ての215系だ。215系も東海道線の普通として走っていたころは何回か乗ったはずだが、ここのところは全く乗っていない。そう長くはないだろうから、今のうちに乗っておこう。「おはようライナー新宿24号」は貨物線のホームから発車する。貨物線から出るのは「ホームライナー」しかないので、ホームの入口に係員が立って、「ライナー券」のチェックをする。1~3号車に乗ればいいとのことなので、列の短い、一番後ろに並んだ。「おはようライナー新宿24号」が到着した。両端の車両は1階部分が機械室になっていて、平屋か2階しかない。2階のボックスシートの空いているところに座る。さて、肝心の貨物線はと言えば、トンネルだらけ。東戸塚からトンネルに入り、外に出たと思ったら羽沢横浜国大。ここからは相鉄・JR直通線が開業すると貨物線ではなくなる。またトンネルに入る。次に出るのは鶴見の手前だ。新宿は5番線に到着、南にずれたホームのさらに一番後ろなので、駅を脱出するにも時間がかかる。

 小田急に乗り換える。8:47発の快速急行藤沢行きに乗る。最初は空いていたが、藤沢に着くころには座席は埋まっているぐらいになった。藤沢からは各駅停車に乗り換え、片瀬江ノ島へ。次はモノレールに乗るのだが、せっかく江の島に来たのだから寄ることにする。長い橋を渡って江の島に行く。中国人の観光客が目立つ。暑い中、「エスカー」(江ノ電が運営する有料エスカレーター)の力も借り、階段を上り下りしながら江島神社を参拝する。再び長い橋を渡り、帰りは湘南モノレール。建物の5階から発車する。階段を上がると、ちょうど11:26発の発車するところ。間に合った。

 湘南モノレールは厳しい坂を上り下りする。普通の鉄道では採用できない線形だ。モノレールなのにトンネルもあっておもしろい。湘南モノレールは単線だが、交換設備のある駅が多く、7.5分間隔での運転を実現している。大船からは根岸線で新杉田に行き、シーサイドラインに乗る。横浜の南部を走る新交通システムだ。もともと終点の金沢八景は、京急の駅と離れていたが、ようやく改良がなされ、3月に京急の駅に近づくことになった。ただ改良工事はまだ途中で、今は2線が使えるようにしているところである。金沢文庫からは逗子線で新逗子へ。金沢八景12:40発の「エアポート急行」に乗る。車端部がボックスシートとなっており、そこに座る。3駅目が終点の新逗子だ。歩いてJRの駅(逗子)に向かう。逗子からは横須賀線で東京に向かえばよいのだが、この機会に大船から横浜まで根岸線で行くことにする。横浜からは再び横須賀線に乗ったが、台風15号の影響で、木更津止まりとなっている。

 東京から名古屋へは高速バス。東京駅で夕食用の駅弁を買い(いろいろあり過ぎて迷ったが、小田原の「鯛めし」にした)、八重洲南口から「新東名スーパーライナー17号」に乗る。「早割21」で買ったので、たったの2400円で名古屋まで乗ることができる。霞が関から首都高に入って名古屋を目指すが、渋滞に巻き込まれる。最初の渋滞は抜けるのに2時間以上かかると見込まれ、一時は圏央道から中央道を経由して御殿場から戻るという話も出た。圏央道に乗ることができるのならそれはそれでおもしろいのだが、海老名サービスエリアで休憩しているうちに、その話は消えてしまった。新東名に入ってからは別の渋滞があり、結局名古屋駅には1時間25分遅れで着いた。

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三陸鉄道縦断の旅(1)

 台風15号の動きは心配だったが、栄21:45発の仙台行き「青葉号」は予定通り運行されるようだ。ただし、台風の影響で北関東道ではなく、北陸道、磐越道を経由する。「青葉号」は栄で何人か乗せ、5分ほど遅れて発車した。日曜発の夜行便なので、空席も見られる。

 「青葉号」は何回か運転士交代のために停まっていたが、客が外に出ることができるのは、朝の東北道国見サービスエリアでの休憩のみ。国見サービスエリアは本来、設備の整った施設だが、今はガソリンスタンド、仮設のスナックコーナー、売店、トイレがあるのみ。24時間営業しているとはいえ、パーキングエリアに毛の生えたレベルだ。仙台駅前のバスターミナルには15分ほど遅れて到着。計画を変えずに先に進むことができる。

 仙台駅の自動券売機でこれから使う「北海道&東日本パス」を買い、7:28発の利府行きに乗る。701系と721系の6両編成。台風の影響か、岩沼方面から遅れて到着して、9分ほど遅れて発車した。仙台を離れていく列車の割には、よく乗っている。座席はほぼ埋まっていて、立っている人もいる。車両基地に停まっている新幹線を見ながら、利府に到着。利府では仙台への通勤客がすでに列をつくって待っている。折り返しの列車は7分遅れて発車。岩切で乗り換える。次の列車は岩切8:10発だが、ダイヤが乱れている(余談だが、新幹線は遅れていないようだ)。とりあえず15分ほど遅れてやってきた、1本早い小牛田行きに乗る。午後から台風が来るようで、臨時休校となった学校もあるようだ。小牛田で本来は岩切から乗るはずだった一ノ関行きに乗る。701系の2両編成、ワンマン。こちらは小牛田で遅れを取り戻し、ほぼ定時に発車。

 一ノ関で30分ほど待って、10:20発の盛岡行きに乗る。こちらも701系だが、4両編成で、帯の色は紫。盛岡仕様だ。花巻で降り、向かったのは駅から歩いて15分ほどのマルカンビル大食堂。もともとはデパートの上にある大食堂だったが、肝心のデパートは閉店し、人気だった大食堂だけが残っている。エレベーターで6階に上がり、係員に注文を伝え、食券をもらう。和洋中取り揃えたメニューの豊富さと、レトロな雰囲気はかつてのデパートの大食堂そのものだ。いったんナポリかつを注文する。ナポリタンスパゲティー、とんかつ、サラダのセットだ。休日でもないのに客はよく入っている(これでも少ないほうらしいが)。食事の後はデザート。やはりここは名物のソフトクリームだ。食券を買いに入口に戻るが、12時を過ぎているので、階段まで行列ができている。席に座り、運ばれてきたソフトクリームは箸よりも高い。お箸で食べる、というか格闘する。再び歩いて駅に戻り、花巻13:18発の盛岡行きに乗る。701系の2両編成。何とか座ることができたが、短縮授業なのか高校生が多く、彼らのほとんどは友達と一緒に立っていた。

 盛岡で花輪線に乗るが、接続が悪く1時間以上待たされる。明日(10日)の朝食用に福田パンを買い、IGRいわて銀河鉄道のホームから出る、15:06発の大館行きに乗る。キハ110系の2両編成だが、発車30分前なのにボックスシートは埋まってきている。何とか空いている1人掛けのボックスシートを見つけ、そこに座る。花輪線は3年前、北海道からの帰りに乗ったが、夕方で暗くなり、好摩まであと3駅というところで見えなくなった。その区間を乗り直しに行くのだ。盛岡を15時過ぎに出たので明るく、好摩から3駅目の平館に着き、目的は達成。しかし、花輪線の本数は少ない。地元の市がお金を出したのか、ローカル線にはとても似合わない大更(平館のひとつ手前の駅)ですれ違ったので、次は鹿角花輪までない。そのまま乗り続けてもよいが、せっかくの機会なので、途中で降りることにした。降りたのは荒屋新町。旧安代町の中心で、営業時間は短い(15:40まで)ながらも「みどりの窓口」がある。何人か降りたが、列車はすでにガラガラになっていた。大更か北森(こちらも市のお金でできた立派な駅がある)で降りたようだ。合併するまで町の中心だったところの駅だが、駅前に開いている店はない。静まり返っている。バスもコミュニティバスばかりで、二戸に行くのはない。事前に駅近くにスーパーがあることはわかっていたのでそこに入ったが、こちらも夕食用の弁当はない。離れたところにスーパーやコンビニはあるらしいが、歩いて行くには遠そうなので、そのスーパーでお惣菜を2品買う。御飯の代わりは盛岡で買った福田パンだ。昼にたくさん食べてあまりお腹は空いていないが、好摩から乗るIGRいわて銀河鉄道はロングシートだろうから、荒屋新町18:00発の盛岡行き(キハ110系の2両編成)のボックスシートで夕食にする。

 好摩でIGRいわて銀河鉄道に乗り換え。好摩19:17発は意外にもセミクロスシート(701系)だったが、残念ながら2駅先のいわて沼宮内止まり。次のいわて沼宮内19:42発の八戸行きに乗る。さすがに2本続けてセミクロスシートはないだろうと思っていたが、次もセミクロスシートだった。ただしこちらは先に座っている人がいるため座れず、しばらくの間ロングシートに座る。

 八戸の中心は八戸駅周辺ではなく、八戸線に乗って2駅の本八戸にある。今日(9日)の宿は本八戸の駅前にあり、そこまで八戸線に乗る(とは言っても、八戸線は1時間に1本ぐらいしかないので、日中は10分間隔で出ているバスに乗る方法もある)。八戸21:21発の鮫行きは八戸線の最終列車。車両は前に乗ったときから一新されていて、キハE130系の3両編成。3扉セミクロスシートの車両だ。新幹線からの乗り継ぎ客が乗ってきた。(続く)

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三陸鉄道縦断の旅(0)

 9月8日の夜から11日にかけて東北に行き、3月に全線復旧した三陸鉄道に乗ってきました。

 明日から何回かに分けて、そのときの様子を書いていきます。

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東武隅田川橋梁に歩道橋

 東武の列車は浅草を出ると、すぐに右に曲がって隅田川を渡ります。隅田川橋梁です。

 この隅田川橋梁に歩道橋を架けることになりました。墨田区と東武は6月25日、伊勢崎線浅草-とうきょうスカイツリー間にある隅田川橋梁に歩道橋を新設することを発表したのです。歩道橋は既存の鉄道橋の下流側に架けられ、通路の幅は2.5メートル、長さは約160メートルです。2020年春の完成予定です。

 なぜこのような歩道橋を架けることにしたのでしょうか? 来年2020年は、東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。浅草は著名な観光地ですが、それと東京スカイツリータウンを結ぶ最短ルートとして橋を架け、回遊性の向上を図ります。既存の鉄道橋については、色の塗り替えを行います。東京スカイツリーに使われている「スカイツリーホワイト」を基調とした色に変わります。

 隅田川を渡った後も、整備が行われます。橋の東側では、「北十間川・隅田公園観光回遊路整備事業」が行われ、東京スカイツリーとの間を結びます。
(参考:乗りものニュース https://trafficnews.jp/post/87342)

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